「龍田 (2代)」の版間の差分

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(龍田艦長)
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2014年10月16日 (木) 09:35時点における版

龍田(たつた)は、日本の軍艦二等巡洋艦)。天龍級軽巡洋艦の2番艦。

艦歴

  • 大正8(1919)年3月31日、竣工引き渡し。二等巡洋艦に類別。
  • 昭和19(1944)年3月13日、八丈島付近において米潜水艦 Sand Lance (SS-381) の雷撃をうけ、戦没。
  • 昭和19(1944)年5月10日、除籍。

幹部

龍田艦長

代数 発令日 階級 氏名 期別 前職 後職 備考
1918.09.20 海軍中佐 加々良乙比古 海兵27 艤装員長
1919.03.31 海軍大佐 加々良乙比古 海兵27
1921.11.20 海軍大佐 河村達蔵 海兵30
1922.06.10 海軍大佐 高橋武次郎 海兵28
1922.11.20 海軍大佐 館明治郎 海兵30
1923.05.10 海軍大佐 竹内正 海兵30
1923.06.01 海軍大佐 市村久雄 海兵31
1924.03.25 海軍大佐 松崎直 海兵31
1924.11.20 海軍大佐 柴山司馬 海兵32
1925.12.01 海軍大佐 新山良幸 海兵32
1926.05.20 海軍大佐 高木平次 海兵31
1926.11.01 海軍大佐 岩村兼言 海兵31
1927.12.01 海軍大佐 山本松四 海兵33
1929.05.01 海軍大佐 川名彪雄 海兵34
1929.11.30 海軍大佐 丹下薫二 海兵36
1930.11.20 海軍大佐 作間応雄 海兵36
1931.12.01 海軍大佐 松木益吉 海兵37
1932.12.01 海軍大佐 藍原有孝 海兵38
1933.11.15 海軍大佐 大島四郎 海兵36
1934.11.01 海軍大佐 原忠一 海兵39 欧米出張 旅順要港部参謀長
1935.11.15 海軍大佐 八代祐吉 海兵40
1936.06.01 海軍大佐 福田貞三郎 海兵40
1937.04.01 海軍大佐 高柳儀八 海兵41 横須賀鎮守府 海軍砲術学校教頭
1937.12.01 海軍大佐 山口次平 海兵41 横須賀鎮守府参謀 軍令部出仕兼海軍省出仕
1938.08.20 海軍大佐 伊藤安之進 海兵42 駐満海軍部 襟裳特務艦長
1939.05.25 海軍大佐 松良祐宏 海兵40
1940.09.25 海軍大佐 沢正雄 海兵44
1941.08.20 海軍中佐 馬場良文 海兵46
1942.07.20 海軍大佐 吉村真武 海兵45
1943.01.07 海軍大佐 船木守衛 海兵48
1943.04.05 海軍大佐 小川莚喜 海兵46
1943.12.22 海軍大佐 鳥居威美 海兵47 1944.03.13沈没

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