石橋正三

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石橋正三(いしばし・まさかず Ishibashi Masakazu 明治22(1889)年1月11日 - 昭和55(1980)年11月15日)は、日本の海軍軍人海軍少将東京都出身。海軍兵学校第39期生(148名中98位)。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治22(1889)年1月11日
明治44(1911)年7月18日 海軍少尉候補生 宗谷乗組
明治45(1912)年3月29日 伊吹乗組
大正元(1912)年12月1日 海軍少尉 生駒乗組
大正2(1913)年12月1日 海軍砲術学校普通科学生
大正3(1914)年5月27日 海軍水雷学校普通科学生
大正3(1914)年12月1日 海軍中尉 金剛乗組
大正4(1915)年12月13日 夕暮乗組
大正5(1916)年12月1日 若宮乗組
大正6(1917)年12月1日 扶桑分隊長心得
大正7(1918)年12月1日 海軍大尉 海軍砲術学校高等科学生
大正8(1919)年12月1日 海軍砲術学校専攻科学生
大正9(1920)年12月1日 霧島分隊長
大正10(1921)年12月1日 呉海軍工廠火薬試験所所員/検査官
大正12(1923)年2月1日 呉鎮守府
大正12(1923)年4月1日 呉海軍工廠砲熕部検査官/水雷部検査官
大正12(1923)年5月10日 呉海軍工廠砲熕部検査官/水雷部検査官/砲熕実験部部員
大正13(1924)年12月1日 海軍少佐
大正14(1925)年7月1日 呉海軍工廠砲熕実験部部員/砲熕部検査官/水雷部検査官
昭和2(1927)年4月1日 佐世保海軍工廠造兵部検査官/造兵監督官
昭和2(1927)年4月5日 佐世保海軍工廠造兵部検査官/海軍艦政本部造兵監督官/海軍航空本部造兵監督官
昭和5(1930)年8月29日 佐世保海軍工廠造兵部検査官
昭和5(1930)年12月1日 海軍中佐
昭和6(1931)年4月1日 横須賀海軍工廠造兵部部員/横須賀海軍航空隊教官
昭和11(1936)年8月26日 呉海軍工廠火工部検査官/砲熕部検査官/砲熕実験部部員/呉海軍軍需部部員
昭和12(1937)年12月1日 海軍大佐 呉海軍工廠火工部長
昭和15(1940)年11月15日 海軍火薬本廠総務部長/工員養成所長
昭和16(1941)年4月21日 第二海軍火薬廠総務部長/工員養成所長
昭和18(1943)年3月10日 横須賀鎮守府出仕
昭和18(1943)年5月1日 海軍少将 相模海軍工廠第二火工部長/化学実験部長
昭和18(1943)年10月1日 相模海軍工廠第一火工部長/第二火工部長
昭和19(1944)年4月5日 相模海軍工廠第一火工部長
昭和19(1944)年8月1日 第三海軍火薬廠
昭和20(1945)年6月1日 海軍艦政本部出仕
昭和20(1945)年7月2日 待命被仰付
昭和20(1945)年7月3日 予備役被仰付
昭和55(1980)年11月15日 死去 (91)