新高

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新高(にいたか Niitaka)は、日本の軍艦(三等巡洋艦二等巡洋艦二等海防艦)。対馬級巡洋艦の2番艦。

艦歴

  • 明治37(1904)年1月27日、竣工引き渡し。三等巡洋艦に類別。
  • 大正元(1912)年8月28日、艦艇類別標準改定。二等巡洋艦に類別変更。
  • 大正10(1921)年9月1日、二等海防艦に類別変更。
  • 大正11(1922)年
    • 6月7日、舞鶴出港。北方警備に向かう。
    • 8月23日、カムチャツカ半島西岸オゼルナヤに入港。
    • 8月25日、天候悪化の予報に接し双錨泊とする
    • 8月26日
      • 早朝より天候急変し西からの強風をうけ激しく動揺、至急点火を試みるも炭庫口蓋が流出し開口部から浸水。動力を得られず甲板作業も困難な状態で走錨が始まる
      • 午前5時30分ごろ、海岸から400メートル、水深3尋の地点でまず艦尾が座礁し風に押されて右舷側に転覆。左舷船腹と左舷推進器の一部のみ水面上に露出するもほぼ海没
    • 8月27日、日魯漁業からの連絡により遭難が判明、ペトロパブロフスクカムチャツキーに在泊していた駆逐艦第四駆逐隊司令乗艦)は救難のため午後5時出港
    • 8月28日、正午ごろが現場到着、船腹を切開し缶室から生存者15名(機関兵曹長1、二等機関兵曹1、一等機関兵4、二等機関兵3、三等機関兵6)を救出
    • 総員343名(士官17、特務士官3、嘱託1、准士官11、下士官91、兵216、傭人4)のうち生存者は16名(海岸に打ち上げられて救助蘇生した二等水兵を含む)。艦長古賀琢一大佐以下327名が殉職(士官17、特務士官3、嘱託1、准士官10、下士官90、兵202、傭人4)。収容し得た死体は34体。
  • 大正12(1923)年4月1日、除籍。

幹部

新高艦長

代数 発令日 階級 氏名 期別 前職 後職 備考
1905.12.20 海軍大佐 山縣文蔵 海兵11 龍田艦長 橋立艦長
1906.08.30
1906.11.22 海軍中佐 秀島成忠 海兵13 金剛艦長 大湊要港部参謀長 1907.09.28 海軍大佐
1908.04.07
1913.04.01 海軍大佐 飯田久恒 海兵19 海軍軍令部部員/海大教官 第三艦隊参謀長
1913.09.13 海軍中佐 秋沢芳馬 海兵18 最上艦長 呉海兵団 1913.12.01 海軍大佐
1914.05.27
1920.12.01 海軍大佐 今村信次郎 海兵30 第一艦隊参謀 横須賀鎮守府
1921.09.02 海軍大佐 野村仁作 海兵28 対馬艦長 佐世保鎮守府
1922.05.15 海軍大佐 古賀琢一 海兵29 海軍軍令部出仕 殉職 1922.08.26 殉職

新高副長

代数 発令日 階級 氏名 期別 前職 後職 備考
1905.08.20 海軍少佐 博恭王 海軍省軍務局局員 沖島副長心得
1906.04.01