「伊集院五郎」の版間の差分

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2020年11月27日 (金) 09:06時点における版

伊集院五郎(いじゅういんごろう Ijuin Goro 嘉永5年9月27日(1852年11月8日) - 大正10(1921)年1月13日)は、日本の華族海軍軍人元帥海軍大将鹿児島県出身。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
嘉永5年9月27日
明治4年7月9日 雲揚乗組
明治4年9月24日 海軍兵学寮幼年学舎生徒
明治9(1876)年9月5日 筑波乗組
明治10(1877)年11月9日 連合王国留学
明治12(1879)年8月16日 Triumph 乗組
明治13(1880)年10月4日 Triumph 航海士
明治15(1882)年1月22日 Triumph 退艦
明治15(1882)年10月1日 英海軍大学校入学
明治16(1883)年6月 英海軍大学校卒業
明治16(1883)年11月27日 海軍中尉
明治17(1884)年5月日 浪速高千穂畝傍三艦武器監督
明治18(1885)年6月20日 海軍大尉
明治18(1885)年12月26日 浪速乗組
明治19(1886)年6月26日 帰国
明治19(1886)年7月14日 参謀本部海軍部第一局課員
明治21(1888)年5月14日 海軍参謀本部第一局員
明治22(1889)年3月9日 海軍参謀部第一課員
明治22(1889)年5月27日 千代田回航委員(連合王国出張)
明治23(1890)年1月10日 千代田副長心得
明治23(1890)年10月16日 海軍少佐 千代田副長
明治24(1891)年4月11日 帰国
明治25(1892)年6月3日 常備艦隊参謀
明治26(1893)年3月13日 海軍参謀部第二課員
明治26(1893)年5月20日 海軍軍令部第一局局員
明治27(1894)年6月7日 戦時大本営参謀官
明治27(1894)年7月13日 戦時大本営参謀官/海軍軍令部第二局長心得
明治27(1894)年12月7日 海軍大佐 海軍軍令部第二局長/戦時大本営参謀官
明治28(1895)年6月4日 海軍軍令部第一局長
明治30(1897)年12月27日 海軍軍令部第一局長/第二局長
明治31(1898)年3月4日 海軍軍令部第一局長
明治31(1898)年11月10日 海軍軍令部次長心得
明治32(1899)年9月26日 海軍少将 海軍軍令部次長海軍将官会議議員
明治35(1902)年3月17日 常備艦隊司令官
明治36(1903)年9月5日 海軍中将 海軍軍令部次長海軍将官会議議員
明治39(1906)年1月9日 海軍艦政本部
明治39(1906)年4月1日 功一級金鵄勲章
明治39(1906)年11月22日 第二艦隊司令長官
明治40(1907)年9月21日 男爵
明治41(1908)年5月26日 第一艦隊司令長官
明治41(1908)年10月8日 第一艦隊司令長官/聯合艦隊司令長官
明治41(1908)年11月20日 第一艦隊司令長官
明治42(1909)年12月1日 海軍軍令部長海軍将官会議議員
明治43(1910)年12月1日 海軍大将
大正3(1914)年4月22日 軍事参議官
大正6(1917)年5月26日 元帥
大正10(1921)年1月13日 死去 (68)

在任

親族

元帥副官

代数 階級 氏名 期別 前職 後職 備考
1918.01.12 1918.06.06 海軍少佐 清藤徳弥 海兵30 海軍軍令部出仕 海軍省艦政局局員


日本海軍
前任
諸岡頼之
海軍軍令部次長
(心得)

1898.11.10 - 1899.09.26
留任
留任
海軍軍令部次長
1899.09.26 - 1902.03.17
後任
上村彦之丞
前任
出羽重遠
海軍軍令部次長
1903.09.05 - 1906.05.26
後任
三須宗太郎
前任
出羽重遠
第二艦隊司令長官
1906.11.22 - 1908.05.26
後任
出羽重遠
前任
有馬新一
第一艦隊司令長官
1908.05.26 - 1909.12.01
後任
上村彦之丞
編成
聯合艦隊司令長官
1908.10.08 - 1909.11.20
解隊
前任
東郷平八郎
海軍軍令部
1909.12.01 - 1914.04.22
後任
島村速雄


海軍軍人・軍属
兵科海兵外 海兵1期 海兵2期 海兵3期 海兵4期 海兵5期 海兵6期 海兵7期 海兵8期 海兵9期 海兵10期 海兵11期 海兵12期 海兵13期 海兵14期 海兵15期 海兵16期 海兵17期 海兵18期 海兵19期 海兵20期 海兵21期 海兵22期 海兵23期 海兵24期 海兵25期 海兵26期 海兵27期 海兵28期 海兵29期 海兵30期 海兵31期 海兵32期 海兵33期 海兵34期 海兵35期 海兵36期 海兵37期 海兵38期 海兵39期 海兵40期 海兵41期 海兵42期 海兵43期 海兵44期 海兵45期 海兵46期 海兵47期 海兵48期 海兵49期 海兵50期 海兵51期 海兵52期 海兵53期 海兵54期 海兵55期 海兵56期 海兵57期 海兵58期 海兵59期 海兵60期 海兵61期 海兵62期 海兵63期 海兵64期 海兵65期 海兵66期 海兵67期 海兵68期 海兵69期 海兵70期 海兵71期 海兵72期 海兵73期 海兵74期 海兵75期 海兵76期 海兵77期 海兵78期 特務士官 准士官 下士官
機関科 海機外 海機旧1期 海機旧2期 海機旧3期 海機旧4期 海機1期 海機2期 海機3期 海機4期 海機5期 海機6期 海機7期 海機8期 海機9期 海機10期 海機11期 海機12期 海機13期 海機14期 海機15期 海機16期 海機17期 海機18期 海機19期 海機20期 海機21期 海機22期 海機23期 海機24期 海機25期 海機26期 海機27期 海機28期 海機29期 海機30期 海機31期 海機32期 海機33期 海機34期 海機35期 海機36期 海機37期 海機38期 海機39期 海機40期 海機41期 海機42期 海機43期 海機44期 海機45期 海機46期 海機47期 海機48期 海機49期 海機50期 海機51期 海機52期 海機53期 海機54期 海機55期 海機56期 海機57期 海機58期 特務士官 准士官 下士官
各科 主計科 軍医科 薬剤科 歯科医科 造船科 造兵科 造機科 水路科 技術科 法務科 軍楽科
予備員 兵科 機関科
文官 書記官 事務官 理事官 法務官 教授 通訳官 編集 監獄長 技師 司法事務官


海軍兵学校を卒業していない兵科将校
元帥威仁親王 依仁親王 博恭王 伊集院五郎 伊東祐亨 井上良馨 西郷従道 東郷平八郎
海軍大将瓜生外吉 樺山資紀 川村純義 鮫島員規 柴山矢八
海軍中将相浦紀道 赤松則良 安保清康 新井有貫 有地品之允 伊東祐麿 伊藤雋吉 井上良智 榎本武揚 尾本知道 肝付兼行 黒岡帯刀 武富邦鼎 角田秀松 坪井航三 中牟田倉之助 梨羽時起 仁礼景範 真木長義 松村淳蔵 三浦功 餅原平二
海軍少将博経親王 有川貞白 伊集院兼寛 磯辺包義 太田盛実 尾形惟善 小田亨 北野勝也 児玉利国 酒井忠利 佐藤鎮雄 杉盛道 世良田亮 高木英次郎 瀧野直俊 田中綱常 徳久武宣 長井群吉 野村貞 肥田浜五郎 福島敬典 舟木錬太郎 松村正命 真野巌次郎 本山漸 柳楢悦 山崎景則 吉島辰寧
海軍大佐菊麿王