L1型潜水艦 (日本海軍, 1919)

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L1型潜水艦(えるいちがたせんすいかん L1 type submarines)は、日本の軍艦のタイプ。

概説

 日本の潜水艦は日露戦争当時にアメリカから購入する形で導入が始まった。その後まもなく国産が開始されたが、その設計はアメリカ、フランス、イタリアなどの欧米先進国で建造されてきたものの模倣で、日本式の潜水艦を設計する試みは大正に入ったころに始まった。これが海中型と呼ばれる一連の中型潜水艦だが、関係者の努力にもかかわらず作戦要求を満足させる性能はなかなか発揮できなかった。ちょうど時期的にも第一次大戦にあたり、ドイツやイギリスなどの欧米諸国では戦訓をとりいれ潜水艦の能力は急速に発展しつつあった。ことここに至っては日本も再度欧米諸国からの技術導入を行ないそれによって遅れを取り戻すしかなかった。大戦中のことでありその対象は友邦に限られる。求められたのはイタリア、そしてイギリスであった。イタリアのフィアット式(F1型、同2型)は書類上の性能値は優秀だったが実用性に乏しく早々に導入は打切られた。イギリスから導入されたのが、当時の最新航洋潜水艦のL型で、三菱造船が英ヴィッカース社の技術指導を得て建造したものである。当時大戦の最中に最新潜水艦の技術供与を受けられたのはひとえに日英同盟による友好関係の賜物である。L型は英本国でも実用性が高く成功作と評された潜水艦で、基本は単殻式だが船体両舷に半複殻式にサドル・タンクを持っていた。最大潜航深度は60メートルにとどまり、荒天時の動揺が激しいなどの欠点もあったが、何よりもその機関であるヴィッカース式ディーゼル主機の信頼性の高さがこの型の評価を決めた。当時ほぼ並行して建造が行なわれてきた海中型が一貫して主機のトラブルに悩まされてきたのとは対照的である。L型のうち最初の2隻はL1型と呼ばれ、第25、第26潜水艦として大正9年に竣工したが、大正13年にそれぞれ呂号第51、呂号第52潜水艦と改名され、昭和7年と15年に除籍された。

主要要目

排水量: 水上 893t, 水中 1195t
長さ: 垂線間長 67.1m, 全長 70.6m
全幅: 7.2m
喫水: 3.9m
機関: 2軸 毘式ディーゼル 2基/電動機, 水上 2400bhp,水中 1600shp
燃料: 重油 75t
速力: 水上 17ノット,水中 8ノット
航続力: 水上 5500海里/10ノット,水中 80海里/4ノット
兵装: 45cm魚雷発射管 6門, 8cm/28口径対空砲 1門, 7.7mm機関銃 1挺
乗員: 48

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
大6 呂号第五十一潜水艦 Ro-51 三菱神戸 1918.08.10 1919.10.10 1920.06.30 二等潜水艦 (第二十五潜水艦 SS-25) 1924.11.01 改名 (呂号第五十一潜水艦 Ro-51)
1940.04.01 除籍
大6 呂号第五十二潜水艦 Ro-52 三菱神戸 1918.08.10 1920.03.09 1920.11.30 二等潜水艦 (第二十六潜水艦 SS-26) 1924.11.01 改名 (呂号第五十二潜水艦 Ro-52)
1932.04.01 除籍