隼鷹級航空母艦 (日本海軍, 1941)

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隼鷹級航空母艦(じゅんようきゅう・こうくうぼかん Junyo class aircraft carriers)は、日本海軍艦艇のタイプ。日本郵船が優秀船建造助成制度をうけてサンフランシスコ航路向けに建造していた客船を建造中に買収改造したもの。客船改造空母としては高速であったことと、船体が大きく搭載機数が大きかったことから、正規空母に伍して多くの作戦に参加した。

概説

 本来、日本郵船のサンフランシスコ航路に投入される予定で建造された、旅客船「橿原丸」「出雲丸」を改造したもの。建造にあたっては、海軍から建造費の実に六割まで補助をうけた。もちろん、その代償として有事のさいには徴用されることを前提としている。実際には、情勢の緊迫により昭和16年12月建造中に海軍に買収された。したがって、隼鷹級は特設艦船ではなく正規の軍艦である。その速力は客船としては不相応な25ノットであったが、航空母艦としては物足りないものであった。しかし、商船改造空母の中ではもっとも優速であり、しかも比較的搭載機数も多いところから、正規空母に伍して主要海戦のほとんどに参加した。隼鷹級の建造においては、当時の新着想が試作の意味を含めて採用された。それが艦橋構造物と煙突を一体化した大型艦橋であり、外舷27度に傾斜させた傾斜煙突である。隼鷹級での使用実績はきわめて優秀で、のちに正規空母の大鳳、そして信濃に採用された。本来が商船であったため乾舷が高く、風圧側面積が大きいために横風の時には操艦に苦労したという。しかし、外見的には商船の面影はほとんど残っていなかった。マリアナ沖海戦直前には対空ロケットが装備された。隼鷹はミッドウェー作戦の一部としてのアリューシャン作戦に参加、続いて南太平洋海戦、マリアナ沖海戦などにも参加したが、マリアナ沖海戦では飛鷹が米軍機の攻撃により戦没、隼鷹も大破し、比島海戦には参加できなかった。隼鷹は昭和19年末に米潜水艦の攻撃を受けて大破、そのまま終戦を迎えた。

主要要目

排水量: 基準 24,140t, 公試 26,523t, 満載 28,300t
長さ: 垂線間長 206.00m, 水線長 215.30m, 全長 219.30m
全幅: 26.70m
喫水: 8.15m
機関: (隼鷹) 2軸 三菱ツェリー式減速タービン(高中中低圧) 2基, 三菱3胴式缶 6基 (重油専焼), 56,250shp
(飛鷹) 2軸 川崎式減速タービン(高中中低圧) 2基, 川崎ラモント缶 6基 (重油専焼), 56,250shp
燃料: 重油 約2800t
速力: 25.5ノット
兵装: 12.7cm/40口径高角砲 連装6基 12門, 25mm対空機銃 24門, 搭載機 53機
乗員: 1187-1224

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
隼鷹 Junyo 三菱長崎 1939.03.20 1941.06.26 1942.05.03 特設航空母艦 1942.07.14 航空母艦
1945.11.30 除籍
当初予定船名 橿原丸 (日本郵船)
1941.02.10 買収
飛鷹 Hiyo 川崎神戸 1939.11.30 1941.06.24 1942.07.31 航空母艦 1944.06.20 戦没 (航空攻撃)
1944.11.10 除籍
当初予定船名 出雲丸 (日本郵船)
1941.02.10 買収
フィリピン海