間宮級給糧艦 (日本海軍, 1923)

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概説

 間宮は、その外見はいわゆる三島式の商船構造をしており、海軍艦艇にはとても見えないし、実際その建造にあたっては商船の設計手法が用いられた。にもかかわらず、間宮は竣工以来ほぼ一貫して聯合艦隊に配属されており、かつ「聯合艦隊でもっとも将兵に人気のある艦」と呼ばれた。なぜならば、間宮は運送艦の中でも給糧艦に類別されており、18000名に対する3週間分の食糧を補給するだけの能力があったからである。つまり、艦隊が作業泊地にあって訓練中に、間宮が入港するということはすなわち、新鮮な食糧の到着を意味した。間宮には獣肉、魚肉、野菜、果実などのための冷蔵室や冷凍室が完備しており、また多くの傭人が乗船してアイスクリーム、羊羹、最中、饅頭、ラムネ、こんにゃく、豆腐なども製造していた。また下手な洗濯屋も顔負けのクリーニング設備もあったという。それとは別に、無線設備も優れていたため訓練ではしばしば無線監査を実施し、また病室や治療室も完備していた。開戦直前に新型の給糧艦が完成するまでは、間宮は海軍で唯一の給糧艦であり、艦隊将兵の士気の維持高揚に多大な貢献をした。間宮は昭和19年末、南支那海で潜水艦の雷撃を受け戦没した。

主要要目

排水量: 基準 15,820t
長さ: 垂線間長 144.8m
全幅: 18.59m
喫水: 8.43m
機関: 2軸 直立式3気筒三段膨張レシプロ 2基, 8 ロ号艦本式水管缶(石炭専焼), 10,00bhp
燃料: 重油 2,100t, 石炭 3,350t
速力: 14ノット
兵装: 14cm/50口径砲 単装2基 2門, 8cm/40口径高角砲 単装2基 2門
乗員: 283

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
大12 間宮 Mamiya 川崎造船所 1922.10.25 1923.10.26 1924.07.15 (運送艦) 1944.12.20 戦没 (被雷)
1945.02.10 除籍
南シナ海
(17.48N/114.09E)