長門級戦艦 (日本海軍, 1919)

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長門級戦艦(ながときゅう・せんかん Nagato class battleships)は、日本海軍艦艇のタイプ。大正5年度および大正6年度計画により2隻建造された。第一次大戦の戦訓を取り入れて建造されたいわゆるポスト・ジュトランド型の主力艦で、世界で初めて16インチ砲を採用した。その後の軍縮もあり主力艦がしばらく建造されたなかったため、長年にわたり日本海軍のシンボルとして親しまれた。基本計画番号はA112。

概説

 長門級はいわゆる「八八艦隊」の一番艦として計画建造された。その設計においては、第一次大戦の戦訓を大いに取り入れている。とりわけ、それまでの主力艦が防御力重視・低速の戦艦と、高速・軽防御の巡洋戦艦に大別されていたのに対し、重防御にして高速の新式戦艦として計画されたのは大きい。これは一見矛盾しているようではあるが、機関の発達が可能にした。そして長門の最大の特徴は、世界最大の16インチ砲(正確には41センチ砲)を搭載したことにある。長門級では16インチ連装砲塔を前後に2基づつ背負式に配置し、8万馬力の機関で26ノットを発揮した。前檣楼は中心に主支柱を置き、ぐるりと6本の脇支柱で支えるという特殊な形状を採用している。これは16インチ砲によって砲戦距離が格段に伸び、そのために砲戦指揮装置を高所に持ってくる必要があったため、檣楼の安定を確保する目的でこの形状が採用されたという。八八艦隊の主力艦はほとんどこの形状を採用することとなっていた。ワシントン条約の結果、八八艦隊は長門級をのぞいて建造中止とされた。長門級二番艦の陸奥も原案では廃棄されるはずであったが、日本はすでに完成済みであるとして存続を強硬に主張した。その主張を受け入れさせることには成功したが、その代償として米英にも16インチ砲搭載戦艦の建造を許すことになってしまった。結果的に、長門級は20年にわたる海軍建艦休日までに建造された最後の主力艦となった。つまり長門は20年にわたって日本海軍の最精鋭戦艦の位置を保つという、きわめて特殊な経歴を持つことになる。この20年の間、GF旗艦は整備や改装の期間をのぞいてずっと長門が勤めた。と同時に、当時海軍の中心であると看做された戦艦の最精鋭艦として、長門級は日本海軍の戦力の中核とみなされた。そのため、戦力を維持するための改装が数次にわたって行なわれた。最初の小改装では、第一煙突が艦橋に接近しすぎており排煙が前檣に逆流して射撃指揮に支障をきたすことがあったために、第一煙突を屈曲させた誘導煙突に換装した。この誘導煙突は一時期長門のシンボルマークになった。昭和11年の大改装の結果、艦型は一変し二本だった煙突は一本にまとめられ、主砲の仰角が引き上げられて砲戦距離は4万メートル近くにまでなった。ただし、機関の換装は行なわれなかったため、速力は若干低下した。もっとも、艦尾の延長により抵抗が減少して速力低下を小さく抑えることができた。開戦当時、長門はGF旗艦として内海西部にあった。翌年春に旗艦は大和に移る。ガ島戦たけなわのころにはトラックに進出することもあったが、昭和18年にはまた内地に帰還し、もっぱら練習任務に従事していた。昭和18年6月には、陸奥が3番砲塔の弾薬庫爆発により柱島泊地にて失われる。長門はあ号作戦および捷号作戦に参加、はじめて敵艦に向かってその主砲を発砲したが、戦果も被害も大したことはなかった。内地に帰還した後はもはや戦艦の出番はなく、母港横須賀に係留されていたが戦争末期の昭和20年7月には米軍機の空襲をうけて被弾、艦長が戦死するという損害を被った。結局この状態で終戦を迎え、米軍に接収されてビキニでの核爆発実験の標的に供された。空中爆発のA実験に生き残り、水中爆発のB実験でも大した損害をうけていないように見えたが、実験から5日目の夜、誰にも見取られることなくビキニの海底に姿を消した。

主要要目

竣工時 (1919)

排水量: 常備 33,800t, 満載 38,500t
長さ: 垂線間長 201.4m, 全長 213.4m
全幅: 29.0m
喫水: 9.1m
機関: 4軸 技本式減速タービン(高低圧) 4基, ロ号艦本式缶 21基 (重油専焼15, 混焼6 加熱器付), 80,000shp.
燃料: 重油 3400t, 石炭 1600t
速力: 26.5ノット
航続力: 5500海里/16ノット
装甲: 水線帯 100-300mm, 砲塔 300mm, バーベット 300mm, 甲板 38-75mm
兵装: 41cm/45口径砲 連装4基 8門, 14cm/50口径砲 20門, 8cm/40口径高角砲 4門, 53cm魚雷発射管 8門 (水上4, 水中4)
乗員: 1333

改装後 (1936)

排水量: 基準 39,120t, 公試 42,753t
長さ: 水線長 221.1m, 全長 224.9m
全幅: 32.96m
喫水: 9.5m
機関: 4軸 技本式減速タービン(高低圧) 4基, ロ号艦本式缶 10基 (重油専焼, 加熱器空気予熱器付), 80,000shp.
燃料: 重油 5600t
速力: 25ノット
装甲: 水線帯 300mm, 上甲板 70mm, 中甲板 125mm, バーベット 300mm+125mm (甲板上), 75mm+210mm (甲板下), 砲塔 355mm, 司令塔 100-370mm
兵装: 41cm/45口径砲 連装4基 8門, 14cm/50口径砲 18門, 12.7cm/40口径高角砲 連装4基 8門, 25mm対空機銃 20門, 航空機 3
乗員: 1368

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
大5 長門 Nagato 呉工廠 1917.08.28 1919.11.09 1920.11.25 戦艦 1945.09.15 除籍
1946.07.19 処分 (原爆実験)
ビキニ環礁
大6 陸奥 Mutsu 横須賀工廠 1918.06.01 1920.05.31 1921.11.22 戦艦 1943.06.08 喪失 (事故)
1943.08.01 除籍
広島湾で艦内爆発