若宮級水上機母艦 (日本海軍, 1914)

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概説

 若宮はもともと、英グラスゴーのダンカン社で建造された貨物船レシントンで、日露戦争中に香港からウラジオストクに向け航行中に対馬海峡で日本海軍に捕獲された。日本海軍でははじめ沖ノ島丸、のち若宮丸と命名したが正式の艦籍に編入することなく使用し続け、明治40年には日本郵船に貸与された。明治45年になってようやく正式に艦籍に編入され、運送船に類別されたが、実際には運送船として使用されることはほとんど無かった。ちょうど海軍でも飛行機の研究が始まった頃だった(海軍の飛行機初飛行は大正2年)。海軍でははじめから水上機の運用を主体に研究されており、当然の帰結として飛行機を軍艦に搭載することを最終的な目標としていた。その実験に用いられたのが若宮丸だった。若宮丸には横須賀工廠で水上機搭載のための各種装備の艤装が行なわれ、大正3年8月に完成した。ときあたかも第一次大戦が勃発した直後であり、若宮丸は実験どころかいきなり実戦の洗礼を受けることになった。若宮丸は臨時艦隊航空隊として水上機を搭載、中国山東の独租借地である青島攻略に向かった。艦隊航空隊は偵察・弾着観測はおろか爆撃まで行なって青島攻略を支援した。青島陥落後は内地に帰還してほぼ毎年艦隊に編成されて弾着観測などに活躍した。この間の大正4年には海防艦として軍艦籍に編入、大正9年には新設された航空母艦に編入されている。当時の航空母艦は航空機を搭載しているといった以上の意味ではなく、実質は水上機母艦であった。しかし、逐次水上機母艦が整備されてくると老朽低速の若宮はその存在意義を失い、昭和6年に除籍、解体された。

主要要目

排水量: 常備 5895t, 基準 7720t
長さ: 垂線間長 111.25m
全幅: 14.7m
喫水: 5.78m
機関: 1軸 直立型3気筒三段膨張レシプロ 1基, 円缶 3基 (石炭専焼), 1600ihp
速力: 9.5ノット
兵装: 8cm/40口径砲 単装2基 2門, 47mm高角砲 単装2基 2門, 航空機 4機
乗員: 234

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
若宮 Wakamiya 英 Duncan ? 1901.09.21 1901.10 英商船 Lethington 1905.01.12 捕獲
1905.02.14 仮命名 (沖ノ島丸)
1905.09.01 命名 (若宮丸)
1907.03.22 日本郵船に貸与
1912.03.09 運送船
1915.06.01 二等海防艦 (若宮)
1920.04.01 航空母艦
1931.04.01 除籍
1932 解体