肝付兼行

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肝付兼行(きもつけ・かねゆき、嘉永6年3月16日(1853年4月23日) - 大正11(1922)年1月13日)は、日本の華族海軍軍人海軍中将鹿児島県出身。

履歴

  • 明治4年12月10日(1872.1.19)、補兵部省水路局出仕。
  • 明治5年10月30日(1872.11.30)、任海軍中尉。水路寮出勤被仰付。
  • 明治9(1876)年9月13日、測量課観象台事務専任被仰付。
  • 明治11(1878)年3月12日、補水路局測量課副長。
  • 明治11(1878)年3月23日、任海軍大尉
  • 明治12(1879)年4月8日、補孟春乗組。
  • 明治14(1881)年1月12日、補水路局測量課長。
  • 明治14(1881)年12月17日、任海軍少佐
  • 明治15(1882)年3月2日、兼補水路局図誌課長。(水路局測量課長兼図誌課長)
  • 明治16(1883)年2月1日、補水路局量地課長。
  • 明治18(1885)年6月20日、任海軍中佐
  • 明治19(1886)年1月29日、補水路部測量長。
  • 明治19(1886)年5月10日、補水路部測量科長。
  • 明治19(1886)年7月13日、任海軍大佐
  • 明治21(1888)年6月27日、補水路部長。
  • 明治25(1892)年12月23日、待命被仰付。
  • 明治27(1894)年6月27日、補水路部長。
  • 明治31(1898)年5月14日、任海軍少将
  • 明治37(1904)年2月3日、兼補海軍大学校長。(水路部長兼海軍大学校長)
  • 明治38(1905)年9月23日、任海軍中将
  • 明治38(1905)年11月2日、待命被仰付。
  • 明治39(1906)年5月28日、予備役被仰付。
  • 明治40(1907)年9月21日、日露戦争の功績により華族に列せられ男爵の爵位を賜る。
  • 明治44(1911)年7月10日、任貴族院議員。
  • 大正2(1913)年1月27日、大阪市長。
  • 大正2(1913)年8月1日、免大阪市長。
  • 大正3(1914)年3月1日、後備役被仰付。
  • 大正7(1918)年3月16日、退役被仰付。