神重徳

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神重徳(かみ・しげのり、明治33(1900)年1月23日 - 昭和20(1945)年9月15日)は、日本の海軍軍人海軍少将鹿児島県出身。海軍兵学校第48期生海軍大学校第31期生

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治33(1900)年1月23日
大正9(1920)年7月16日 海軍少尉候補生 浅間乗組
大正10(1921)年4月9日 矢矧乗組
大正10(1921)年6月1日 海軍少尉
大正11(1922)年7月12日 海軍砲術学校普通科学生
大正11(1922)年12月1日 海軍水雷学校普通科学生
大正12(1923)年3月30日 八雲乗組
大正12(1923)年12月1日 海軍中尉
大正13(1924)年4月10日 矢風航海長心得/分隊長心得
大正13(1924)年12月1日 山城分隊長
大正14(1925)年12月1日 海軍大尉 海軍砲術学校高等科学生
大正15(1926)年12月1日 伊勢分隊長
昭和2(1927)年12月1日 扶桑分隊長
昭和3(1928)年12月10日 海軍兵学校教官/監事
昭和5(1930)年12月1日 霧島分隊長
昭和6(1931)年10月24日 海軍軍令部出仕(一班二課)
昭和6(1931)年12月1日 海軍少佐 海軍大学校甲種学生
昭和8(1933)年5月20日 霧島副砲長/分隊長
昭和8(1933)年11月15日 軍令部出仕
昭和8(1933)年12月6日 ドイツ共和国駐在被仰付
昭和10(1935)年4月1日 在ドイツ共和国帝国大使館附海軍武官補佐官
昭和10(1935)年12月11日 命帰朝
昭和11(1936)年3月10日 軍令部出仕/海軍省出仕
昭和11(1936)年3月19日 海軍艦政本部出仕/海軍省軍務局局員(一課)
昭和11(1936)年12月1日 海軍中佐
昭和12(1937)年11月20日 海軍艦政本部出仕/海軍省軍務局局員(一課)/大本営海軍報道部部員
昭和13(1938)年5月18日 海軍省軍務局局員(一課)/大本営海軍報道部部員
昭和14(1939)年5月1日 第五艦隊参謀
昭和14(1939)年11月15日 軍令部部員(一部一課)/大本営海軍参謀
昭和15(1940)年11月15日 軍令部部員(一部一課)/参謀本部部員/大本営海軍参謀/陸軍参謀
昭和16(1941)年10月15日 海軍大佐
昭和17(1942)年6月15日 横須賀鎮守府
昭和17(1942)年7月14日 第八艦隊参謀
昭和18(1943)年6月14日 第五艦隊司令部附
昭和18(1943)年6月22日 多摩艦長
昭和18(1943)年12月15日 海軍省教育局第一課長
昭和19(1944)年5月15日 海軍省教育局第一課長/第二課長/第三課長
昭和19(1944)年7月13日 聯合艦隊参謀
昭和19(1944)年10月2日 聯合艦隊参謀/南方軍参謀
昭和20(1945)年4月25日 聯合艦隊参謀/海軍総隊参謀/南方軍参謀
昭和20(1945)年5月1日 海軍総隊参謀/聯合艦隊参謀/南方軍参謀
昭和20(1945)年6月20日 第十航空艦隊参謀長
昭和20(1945)年9月15日 海軍少将 殉職 (45)