神威級水上機母艦 (日本海軍, 1922)

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神威級水上機母艦(かもいきゅうすいじょうきぼかん Kamoi class seaplane tender)は、日本海軍艦艇のタイプ。

概説

 アメリカを仮想敵国として策定された八八艦隊計画で、当の相手であるアメリカに対して大型給油艦が一隻発注された。その目的は当時アメリカが戦艦を含む艦艇に広く採用していたターボ電気推進機関を研究することにあった。ターボ電気推進はボイラーでつくった蒸気でタービンを回し、そのタービンで発電機を回して起こした電気で電動機を回して推進する方式である。その利点は、ボイラーやタービンの操作が単純化でき(定速で発電を続けていればよい)、速度の急変に対する対応が容易なことである。しかし、通常のタービン推進に比べて発電機と電動機という余分な設備が必要になるし、動力を変換しているあいだに少なからぬ損失が生じるために重量の割に出力は小さいという欠点があった。この欠点と、そしてなによりコスト高であるとの理由で、ターボ電気推進は日本では根付くことはなかった。17000トンと当時保有していた給油艦で最大の船体を持つ神威は、その巨体を利用して上海事変後に水上機を搭載するための艤装を施された。昭和9年には新たに新設された水上機母艦に類別変更され、軍艦に名を連ねて艦首に御紋章が取りつけられた。しかし構造的には後年の特設水上機母艦と大差ない。支那事変勃発後、特に初期の上海戦において海上から陸戦の支援を行ない、その後も大陸方面の進攻作戦に参加している。太平洋戦争では、初期の南方攻略作戦支援後に、もっぱら各地への航空機輸送と、残っていた設備を利用しての重油輸送に従事していたが昭和19年1月28日、マカッサル附近で潜水艦の雷撃を受けて大破し、シンガポールで修理を受けると同時に航空機搭載施設を撤去、4月には特務艦(給油艦)に復帰した。その後も同様に南方と本土間の重油輸送を行なっていたが、やがて香港で米軍機の爆撃を受けて大破着底し、そのまま終戦を迎え戦後現地で英側の手によって解体された。

主要要目

給油艦

排水量: 基準 17,000t
長さ: 垂線間長 148.9m, 水線長 151.2m
全幅: 20.4m
喫水: 8.5m
機関: 2軸 GE式ターボ発電機 2基, 電動機 2基, バブコック&ウィルコックス缶 4基 (混焼), 9000shp
燃料: 石炭 2500t
速力: 15ノット
兵装: 14cm/50口径砲 2門, 8cm/40口径高角砲 2門, 石油 10,000t (もしくは石油 7500t, 石炭 2000t)
乗員: 181

水上機母艦

排水量: 基準 17,000t, 公試 19,240t
長さ: 垂線間長 148.90m, 全長 151.18m
全幅: 20.42m
喫水: 8.43m
機関: 2軸 GE式ターボ発電機 2基, 電動機 2基, バブコック&ウィルコックス缶 4基 (混焼), 9000shp
燃料: 石炭 2500t
速力: 15ノット
兵装: 14cm/50口径砲 2門, 8cm/40口径対空砲 2門, 航空機 12機
乗員: 不明

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
大9 神威 Kamoi 米 Camden 1921.09.14 1922.06.08 1922.09.12 (運送艦) 1934.06.01 水上機母艦
1944.04.15 運送艦
1945.04.13 大破放棄 (航空攻撃)
1947.05.03 除籍
香港