松平秀康

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松平秀康(まつだいら・ひでやす、天正2年2月8日(1574年3月1日) - 慶長12年閏4月8日(1607年6月2日))は、日本の武将。初代越前福井藩主。江戸幕府初代征夷大将軍徳川家康次男。幼名は於義丸(おぎまる)。はじめ羽柴秀康(はしば・ひでやす)、ついで結城秀康(ゆうき・ひでやす)を名乗る。

履歴

  • 天正2年2月8日、浜松城下で生まれる
  • 天正12年10月、豊臣秀吉養子
  • 天正12年12月、大坂へ移る
  • 天正12年12月22日、元服、羽柴氏を称し秀字を賜う。従五位下侍従三河守
  • 天正13年7月11日、従四位下左近衛権少将
  • 天正17年5月、結城晴朝養子
  • 天正18年8月6日、下総結城城10万5000石を襲封
  • 慶長2年9月28日、参議
  • 慶長5年11月15日、越前北庄城に転じ67万石を領す。子松平直基が結城家祭祀を継承
  • 慶長6年5月、越前入国
  • 慶長8年2月25日、従三位
  • 慶長10年7月26日、権中納言
  • 慶長12年、正三位
  • 慶長12年閏4月8日、薨去。34歳。浄光院森厳道慰運正大居士

在任

親族

尊属

  • 父・徳川家康
  • 母・長勝院小督局(永見吉英女)

配偶

卑属