東久邇宮盛厚王

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東久邇宮盛厚王(ひがしくにのみや・もりひろおう、大正5(1916)年5月6日 - 昭和44(1969)年2月1日)は、日本の皇族陸軍軍人陸軍少佐陸軍士官学校第49期生陸軍大学校58期生東久邇宮稔彦王長男。母は妃聡子内親王。昭和22(1947)年10月14日皇籍離脱、東久邇盛厚と名乗る。

子女

  • 成子内親王 大正14(1925)年12月 6日~昭和36(1961)年 7月23日。昭和18(1943)年10月30日結婚。
    • 信彦王(のぶひこ) 昭和20(1945)年 3月10日~ [1] [2]
    • 文子女王(ふみこ) 昭和21(1946)年12月22日~
    • 秀彦
    • 真彦
    • 優子
  • 寺尾佳子
    • 厚彦
    • 盛彦

出典

  1. 昭和20年3月13日宮内省告示第3号 (昭和20年3月13日官報)
  2. 昭和20年3月16日宮内省告示第4号 (昭和20年3月17日官報)