村上啓次郎

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村上啓次郎(むらかみ・けいじろう、嘉永6年9月4日(1853年10月6日) - 昭和4(1929)年2月15日)は、日本の華族海軍軍人海軍主計総監(のち海軍主計中将)。広島県出身。

履歴

  • 明治2年2月6日(1869年3月18日)、欧州留学。
  • 明治4(1871)年8月、文部省所轄。
  • 明治7(1874)年3月、命帰朝。
  • 明治8(1875)年2月23日、広島英語学校勤務。
  • 明治9(1876)年1月10日、依願退職。
  • 明治9(1876)年3月4日、命海軍省七等出仕。海上法律取調掛被仰付。
  • 明治10(1877)年1月11日、被廃。
  • 明治10(1877)年1月29日、命海軍省七等出仕。海上法律取調掛被仰付。
  • 明治14(1881)年11月18日、補海軍省規程局局員。
  • 明治15(1882)年11月27日、命海軍省六等出仕。
  • 明治16(1883)年1月31日、命海軍省内局勤務兼規程局勤務。
  • 明治16(1883)年7月4日、任海軍少書記官
  • 明治17(1884)年2月5日、補海軍省内局庶務課長。
  • 明治17(1884)年2月15日、補海軍省内局庶務課長。調査委員。
  • 明治17(1884)年12月16日、補海軍省総務局勤務。
  • 明治18(1885)年10月8日、兼太政官御用掛被仰付。(海軍省総務局勤務・太政官御用掛)(太政官文書局)
  • 明治19(1886)年1月29日、補海軍大臣官房課僚。
  • 明治19(1886)年3月1日、任海軍主計少監
  • 明治19(1886)年3月5日、補海軍大臣秘書官。
  • 明治21(1888)年10月6日、任海軍主計大監
  • 明治22(1889)年3月9日、補海軍大臣官房副主事。
  • 明治22(1889)年6月5日、兼補海軍大臣秘書官。(海軍大臣官房副主事兼海軍大臣秘書官)
  • 明治24(1891)年4月21日、補海軍大臣秘書官。
  • 明治25(1892)年1月19日、兼補海軍省第三局第一課長。(海軍大臣秘書官兼海軍省第三局第一課長)
  • 明治26(1893)年5月20日、補海軍省経理局第一課長。
  • 明治27(1894)年2月13日、補呉鎮守府監督部長。
  • 明治27(1894)年12月5日、補旅順口根拠地隊主計部長。
  • 明治29(1896)年2月27日、旅順口根拠地隊残務取扱被仰付。
  • 明治29(1896)年3月12日、補呉鎮守府監督部長。
  • 明治30(1897)年6月5日、任海軍主計総監。補海軍省経理局長。
  • 明治35(1902)年5月26日、勅任一等。
  • 明治37(1904)年2月11日、兼補戦時大本営海軍経理部長。(海軍省経理局長兼戦時大本営海軍経理部長)
  • 明治38(1905)年12月20日、免兼戦時大本営海軍経理部長。(海軍省経理局長)
  • 明治40(1907)年9月21日、日露戦争の功績により華族に列せられ、男爵を賜る。
  • 明治41(1908)年8月15日、予備役被仰付。
  • 明治42(1909)年12月21日、任貴族院議員。
  • 大正4(1915)年9月4日、後備役被仰付。
  • 大正7(1918)年8月16日、軍需評議会評議員被仰付。
  • 大正8(1919)年9月23日、任海軍主計中将(官名改称)。