有田延

提供: wiki31ja
移動: 案内検索

有田延(ありた・のぶ、明治11(1878)年1月2日 - 昭和19(1944)年10月19日)は、日本の海軍軍人海軍造船少将(のち海軍技術少将)。福岡県出身。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治11(1878)年1月2日
明治34(1901)年2月15日 海軍造船学生被仰付
明治35(1902)年6月20日 東京帝国大学工科大造船学科卒
明治35(1902)年6月25日 海軍造船中技士 呉海軍造船廠造船科主幹
明治36(1903)年11月10日 呉海軍工廠造船部副部員
明治37(1904)年7月13日 海軍造船大技士 呉海軍工廠造船部部員
明治38(1905)年2月10日 三池丸乗組
明治38(1905)年11月4日 海軍大学校教官
明治39(1906)年1月13日 海軍大学校教官/海軍艦政本部出仕/海軍軍医学校教官
明治40(1907)年10月28日 佐世保海軍工廠造船部部員
明治43(1910)年12月1日 海軍造船少監
明治44(1911)年2月3日 海軍艦政本部出仕(三部)
明治44(1911)年4月28日 造船監督官
明治44(1911)年11月2日 連合王国出張被仰付
大正2(1913)年8月23日 命帰朝
大正2(1913)年12月1日 横須賀海軍工廠造船部部員
大正3(1914)年12月1日 海軍艦政本部出仕(三部)
大正4(1915)年5月1日 海軍艦政本部出仕(三部)/造船監督官
大正4(1915)年10月1日 海軍技術本部部員(四部)/造船監督官
大正4(1915)年12月13日 海軍造船中監
大正7(1918)年6月1日 造船監督官
大正8(1919)年9月23日 海軍造船大監
大正8(1919)年12月1日 海軍造船大佐
大正9(1920)年12月15日 呉海軍工廠造船部部員
大正11(1922)年12月1日 海軍艦型試験所長心得
大正12(1923)年4月1日 海軍技術研究所出仕(研究部)
大正12(1923)年4月10日 海軍技術研究所出仕(研究部)/海軍艦政本部部員(四部)
大正12(1923)年12月1日 海軍技術研究所出仕(研究部)/海軍艦政本部部員(四部)/海軍大学校教官
大正13(1924)年5月10日 海軍技術研究所出仕(研究部)/海軍艦政本部部員(四部)/海軍大学校教官/造船監督官
大正13(1924)年12月1日 海軍造船少将 海軍技術研究所出仕(研究部)/海軍艦政本部部員(四部)/海軍大学校教官/造船監督官/海軍艦政本部出仕
大正14(1925)年10月1日 待命被仰付
大正14(1925)年12月16日 予備役被仰付
昭和13(1938)年1月2日 後備役被仰付
昭和16(1941)年4月1日 予備役被仰付
昭和17(1942)年11月1日 海軍技術少将
昭和18(1943)年1月2日 退役被仰付
昭和19(1944)年10月19日 死去 (66)