摂津級戦艦 (日本海軍, 1910)

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摂津級戦艦(せっつきゅう・せんかん Settsu class battleships)基本計画番号はA30。

概説

 摂津級戦艦は、日本で最初の弩級戦艦である。1906年にイギリスで建造されたドレッドノートは、30.5センチ砲10門を装備してそれまでの戦艦すべてを旧式艦にした。これ以降の各国戦艦は、ドレッドノートに倣った形式の戦艦を建造した。これを弩級戦艦と称する。しかし摂津級は、弩級戦艦とはいえ徹底を欠いたものであった。30.5センチ砲12門を6砲塔に収め、全艦をまんべんなくカバーしているように見えたが、その実、首尾線上に配置されて左右両舷に指向できる主砲はわずか4門にすぎなかった。しかも主砲のうち、前後端に配置されたものは50口径、その他は45口径となっており、射撃の統一指揮に支障をきたすありさまであった。その上、摂津級が竣工したころには、イギリスではすでに超弩級戦艦の時代に入っており、完成したばかりの摂津級はすでに二級艦となっていた。河内は大正7年に火薬庫の爆発のため徳山湾で爆沈した。700名が殉職した。摂津はワシントン条約のため、艦齢わずか10年余で第一線を退き、武装を撤去されて標的艦に改造された。以後、摂津は20年以上も標的艦として使われ、終戦直前に空襲のため戦没した。

主要要目

竣工時 (1912)

排水量: 常備 21,443t (河内 20,823t)
長さ: 垂線間長 152m, 全長 160.6m
全幅: 25.7m
喫水: 8.5m (河内 8.2m)
機関: 2軸 カーチス式タービン(単胴) 2基, 宮原式缶 16基 (混焼), 25,000shp
燃料: 石炭 2300t, 重油 400t.
速力: 20ノット
装甲: 水線帯 305-102mm, 砲塔 280mm, 司令塔 254mm, 甲板 30mm
兵装: 30.5cm/50口径砲 連装2基 4門, 30.5cm/45口径砲 連装4基 8門, 15.2cm/45口径砲 10門, 12cm/40口径砲 8門, 8cm/40口径砲 12門, 8cm/28口径砲 4門, 45cm魚雷発射管 5門
乗員: 986

摂津 標的艦 (1923)

排水量: 基準 20,650t
長さ: 垂線間長 152m, 全長 160.6m
全幅: 25.7m
喫水: 8.38m
機関: 2軸 カーチス式タービン(単胴) 2基, 宮原式缶 4基 (混焼), ロ号艦本式缶 4基 (重油専焼), 16,000shp
速力: 18ノット
乗員: 不明

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
明40 摂津 Settsu 呉工廠 1909.01.18 1911.03.30 1912.07.01 戦艦 1923.10.01 標的艦
1945.07.24 大破着底 (航空攻撃)
1945.11.20 除籍
江田内
明40 河内 Kawachi 横須賀工廠 1909.04.01 1910.10.15 1912.03.31 戦艦 1918.07.12 喪失 (事故)
1918.09.21 除籍
徳山湾で艦内爆発