志佐勝

提供: wiki31ja
移動: 案内検索

志佐勝(しさ・まさる、文久4年2月6日(1864年3月13日) - 昭和3(1928)年3月20日)は、日本の海軍軍人海軍主計総監(のち海軍主計中将)。長崎県出身。

履歴

  • 明治18(1885)年9月12日、補官庁主計部員。
  • 明治18(1885)年10月19日、命海軍主計補
  • 明治18(1885)年12月25日、補中艦隊司令官附兼常備小艦隊旗艦乗組。
  • 明治19(1886)年7月13日、命海軍少主計試補(官名改称)。
  • 明治19(1886)年7月14日、海軍兵学校勤務被仰付。
  • 明治19(1886)年10月8日、任海軍少主計
  • 明治21(1888)年9月18日、補浪速乗組。
  • 明治22(1889)年5月15日、補磐城主計長心得。
  • 明治22(1889)年6月27日、補横須賀鎮守府主計部監獄課長心得。
  • 明治23(1890)年9月17日、任海軍大主計
  • 明治23(1890)年12月1日、補扶桑主計長。
  • 明治24(1891)年8月28日、補松島主計長。
  • 明治24(1891)年12月14日、補松島回航事務取扱委員。フランス共和国出張被仰付。
  • 明治25(1892)年10月19日、帰着。
  • 明治26(1893)年3月2日、補海軍省第三局第一課次長。
  • 明治26(1893)年3月20日、補海軍省経理局第一課課僚。
  • 明治27(1894)年7月17日、補近江丸主計長。
  • 明治27(1894)年12月5日、補旅順口根拠地隊主計部員。
  • 明治29(1896)年2月27日、旅順口根拠地隊残務取扱被仰付。
  • 明治29(1896)年4月1日、補吉野主計長。
  • 明治29(1896)年11月18日、補臨時建築部鎮海支部員。
  • 明治30(1897)年1月8日、補臨時建築部鎮海支部収入官吏。
  • 明治30(1897)年2月23日、補臨時建築部鎮海支部通常物品会計官吏。
  • 明治30(1897)年4月12日、補臨時建築部鎮海支部員。
  • 明治30(1897)年10月8日、任海軍主計少監
  • 明治30(1897)年12月1日、任海軍主計中監
  • 明治32(1899)年5月15日、兼補海軍主計官練習所教官。(臨時建築部鎮海支部員兼海軍主計官練習所教官)
  • 明治33(1900)年5月20日、補海軍省経理局課員兼海軍主計官練習所教官。
  • 明治33(1900)年12月23日、補海軍主計官練習所教官兼海軍省経理局課員。
  • 明治35(1902)年5月24日、任海軍主計大監
  • 明治35(1902)年5月29日、免兼海軍省経理局課員。(海軍主計官練習所教官)
  • 明治36(1903)年7月7日、補海軍省経理局第二課長兼海軍主計官練習所長。
  • 明治36(1903)年11月10日、補海軍省経理局局員。
  • 明治38(1905)年6月25日、兼補海軍主計官練習所長教官。(海軍省経理局局員兼海軍主計官練習所長教官)
  • 明治38(1905)年12月12日、補海軍主計官練習所長兼教官。
  • 明治40(1907)年4月20日、補海軍経理学校長兼教官。
  • 明治41(1908)年8月15日、補佐世保海軍経理部長兼佐世保鎮守府主計長。
  • 明治41(1908)年12月10日、任海軍主計総監
  • 明治42(1909)年12月1日、待命被仰付。
  • 明治43(1910)年12月1日、休職被仰付。
  • 明治44(1911)年3月23日、補海軍省出仕。
  • 明治44(1911)年12月1日、待命被仰付。
  • 明治45(1912)年5月10日、補海軍省経理局長。
  • 大正3(1914)年5月29日、勅任一等。
  • 大正8(1919)年9月23日、任海軍主計中将(官名改称)。
  • 大正12(1923)年5月25日、補海軍軍令部出仕。
  • 大正12(1923)年6月1日、待命被仰付。
  • 大正12(1923)年7月1日、予備役被仰付。
  • 大正12(1923)年8月29日、任貴族院議員。
  • 大正15(1926)年2月6日、後備役被仰付。