徳川頼宣

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徳川頼宣(とくがわ・よりのぶ、慶長7年3月7日(1602年4月28日) - 寛文11年正月10日(1671年2月19日))は、日本の武将。初代紀伊和歌山藩主。初代征夷大将軍徳川家康十男。幼名は長福丸(ちょうふくまる)、はじめ頼将(よりまさ)、ついで頼信(よりのぶ)と名乗る。

履歴

  • 慶長7年3月7日、伏見城に生まれる
  • 慶長8年11月7日、常陸水戸城を賜い25万石を領す
  • 慶長9年9月、加えて5万石を賜う(計30万石)
  • 慶長11年8月11日、元服。頼将と名乗る。従四位下常陸介
  • 慶長14年12月12日、駿河府中城に転じ、50万石を領す
  • 慶長16年3月20日、従三位参議左近衛権中将
  • 慶長19年10月、白幕大中黒を賜う
  • 元和3年7月19日、権中納言
  • 元和5年7月19日、紀伊和歌山城に転じ、55万石を領す
  • 寛永3年8月19日、従二位権大納言
  • 寛文6年5月22日、隠居
  • 寛文11年正月10日、薨去。70歳。南龍院顗永天晃

在任

親族

尊属

配偶

卑属