徳川家茂

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徳川家茂(とくがわ・いえもち Tokugawa Iemochi 弘化3年閏5月24日(1846年7月17日) - 慶応2年7月20日(1866年8月29日))は、日本の武将。江戸幕府の第14代征夷大将軍、在職・安政5年10月25日(1858年11月30日) - 慶応2年7月20日(1866年8月29日))。もと第13代紀伊和歌山藩主。紀伊和歌山藩徳川斉順長男。幼名は菊千代(きくちよ)、はじめ慶福(よしとみ)と名乗る。

履歴

  • 弘化4年4月22日、徳川斉彊養子。
  • 嘉永2年閏4月4日、家督相続。
  • 嘉永4年10月9日、元服。従三位常陸介。左近衛権少将。
  • 安政2年12月15日、参議。
  • 安政5年6月20日、徳川家定養子。
  • 安政5年10月24日、正二位権大納言。
  • 安政5年10月25日、内大臣右近衛大将征夷大将軍源氏長者。
  • 文久4年正月21日、従一位右大臣。右近衛大将如元。
  • 慶応2年7月20日、大坂城において薨去。21歳。贈正一位太政大臣。

在任

親族

尊属

配偶

卑属

偏諱を与えた人物