川井巌

提供: wiki31ja
移動: 案内検索

川井巌(かわい・いわお、明治29(1896)年9月2日 - 昭和47(1972)年5月15日)は、日本の海軍軍人海軍少将山形県出身。海軍兵学校第47期生海軍大学校第29期生

履歴

  • 大正8(1919)年10月9日、命海軍少尉候補生。補吾妻乗組。
  • 大正9(1920)年5月31日、補龍田乗組。
  • 大正9(1920)年8月1日、任海軍少尉
  • 大正10(1921)年9月26日、補伊勢乗組。
  • 大正10(1921)年12月1日、補海軍砲術学校普通科学生。
  • 大正11(1922)年4月8日、補海軍水雷学校普通科学生。
  • 大正11(1922)年7月12日、補由良艤装員。
  • 大正11(1922)年11月1日、補由良乗組。
  • 大正11(1922)年12月1日、任海軍中尉
  • 大正12(1923)年8月13日、補隅田乗組。
  • 大正12(1923)年12月15日、補伏見乗組。
  • 大正13(1924)年7月4日、補対馬分隊長心得。
  • 大正13(1924)年12月1日、任海軍大尉。補乗組。
  • 大正14(1925)年12月1日、補陸奥分隊長。
  • 大正15(1926)年12月1日、補海軍砲術学校高等科学生。
  • 昭和2(1927)年12月1日、補加古分隊長。
  • 昭和4(1929)年11月30日、補海軍大学校甲種学生。
  • 昭和6(1931)年12月1日、任海軍少佐。補那珂砲術長。
  • 昭和7(1932)年12月1日、補第二水雷戦隊参謀。
  • 昭和9(1934)年11月1日、補軍令部出仕。
  • 昭和9(1934)年11月15日、補軍令部部員。(一部二課兼二部三課)
  • 昭和11(1936)年12月1日、任海軍中佐。補第二艦隊参謀。
  • 昭和12(1937)年12月1日、補聯合艦隊参謀兼第一艦隊参謀。
  • 昭和13(1938)年11月15日、補軍令部出仕。(一部一課)
  • 昭和13(1938)年12月1日、補軍令部部員兼大本営海軍部参謀。
  • 昭和14(1939)年11月15日、兼補参謀本部部員大本営陸軍部参謀。(軍令部部員兼大本営海軍部参謀参謀本部部員大本営陸軍部参謀)
  • 昭和15(1940)年11月15日、任海軍大佐。補第四艦隊参謀。
  • 昭和17(1942)年7月15日、補横須賀鎮守府附。
  • 昭和17(1942)年9月5日、補第五艦隊司令部附。
  • 昭和17(1942)年9月20日、補木曽艦長。
  • 昭和18(1943)年10月4日、補軍令部出仕兼海軍省出仕。(海軍省人事局一課)
  • 昭和18(1943)年11月18日、補海軍省人事局第一課長。
  • 昭和20(1945)年4月1日、兼補海軍省人事局第三課長。(海軍省人事局第一課長兼第三課長)
  • 昭和20(1945)年5月1日、任海軍少将
  • 昭和20(1945)年6月5日、免兼海軍省人事局第三課長。(海軍省人事局第一課長)
  • 昭和20(1945)年11月24日、補海軍省人事局長兼第一課長第三課長。
  • 昭和20(1945)年11月30日、予備役被仰付。充員召集。
  • 昭和20(1945)年12月1日、任第二復員官。補第二復員省人事局長兼補任課長。
  • 昭和21(1946)年4月1日、任任第二復員事務官
  • 昭和21(1946)年6月15日、充員召集解除。任復員事務官。補復員庁第二復員局人事部長兼人事課長。
  • 昭和23(1948)年1月1日、補復員局第二復員局残務処理部長。
  • 昭和23(1948)年5月31日、補引揚援護庁復員局第二復員局残務処理部長。
  • 昭和25(1950)年8月16日、免復員事務官。