小田垣常夫

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小田垣常夫(おだがき・つねお、明治26(1893)年1月29日 - 昭和60(1985)年2月19日)は、日本の海軍軍人海軍法務少将京都府出身。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治26(1893)年1月29日
大正 8(1919)年7月10日 東京帝国大学法科大卒
大正 8(1919)年8月1日 海軍主理試補 軍法会議構成員/海軍東京軍法会議附/海軍省法務局附
大正 9(1920)年5月27日 呉鎮守府軍法会議附
大正10(1921)年3月22日 海軍主理 呉鎮守府軍法会議附
大正10(1921)年12月1日 呉鎮守府軍法会議附/海軍兵学校教官
大正11(1922)年4月1日 海軍法務官海軍司法事務官(高等官七等) 佐世保鎮守府軍法会議法務官/馬公要港部軍法会議法務官/馬公要港部
大正11(1922)年8月30日 佐世保鎮守府軍法会議法務官/佐世保鎮守府附/馬公要港部軍法会議法務官/馬公要港部
大正12(1923)年3月31日 (高等官六等)
大正12(1923)年4月1日 佐世保鎮守府軍法会議法務官/佐世保鎮守府
大正15(1926)年3月31日 (高等官五等)
昭和 2(1927)年5月10日 第一艦隊軍法会議法務官/第二艦隊軍法会議法務官/第一艦隊司附/第二艦隊司附
昭和 3(1928)年4月24日 第一艦隊軍法会議法務官/第二艦隊軍法会議法務官/聯合艦隊司附/第一艦隊司附/第二艦隊司附
昭和 3(1928)年12月15日 横須賀鎮守府軍法会議法務官/横須賀鎮守府出仕
昭和 4(1929)年6月15日 鎮海要港部法務長/鎮海要港部軍法会議法務官
昭和 5(1930)年9月30日 (高等官四等)
昭和 5(1930)年12月1日 佐世保鎮守府軍法会議法務官/佐世保鎮守府出仕
昭和 9(1934)年1月15日 海軍司法事務官海軍法務官 横須賀鎮守府軍法会議法務官/横須賀鎮守府出仕
昭和 9(1934)年9月10日 海軍法務官海軍司法事務官 舞鶴要港部軍法会議法務官/舞鶴要港部法務長/海軍機関学校教官
昭和10(1935)年9月30日 (高等官三等)
昭和13(1938)年10月20日 海軍東京軍法会議法務官/第五艦隊軍法会議法務官/第五艦隊司附
昭和14(1939)年4月10日 第三艦隊軍法会議法務官/支那方面艦隊軍法会議法務官/第三艦隊司附/支那方面艦隊司附
昭和14(1939)年11月15日 舞鶴要港部軍法会議法務官/舞鶴要港部法務長
昭和14(1939)年12月1日 舞鶴鎮守府軍法会議法務官/舞鶴鎮守府法務長
昭和17(1942)年4月1日 海軍法務大佐 舞鶴鎮守府軍法会議法務官/舞鶴鎮守府法務長
昭和17(1942)年11月1日 海軍法務少将 呉鎮守府軍法会議法務官/呉鎮守府法務長
昭和19(1944)年11月1日 横須賀鎮守府軍法会議法務官/横須賀鎮守府法務長
昭和20(1945)年11月5日 予備役
昭和60(1985)年2月19日 死去 (92)