小幡文三郎

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小幡文三郎(おばた・ぶんざぶろう、文久3年9月10日(1863年10月22日) - 昭和32(1957)年)は、日本の海軍軍人海軍造船総監(のち海軍造船少将海軍技術少将)。石川県出身。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
文久3年9月10日(1963年10月22日)
明治19(1886)年4月17日 フランス共和国留学
明治22(1889)年10月30日 海軍大技士
明治22(1889)年10月31日 横須賀鎮守府造船部計画科主幹
明治22(1889)年11月3日 帰朝
明治22(1889)年11月27日 横須賀鎮守府造船部製造科主幹
明治23(1890)年11月13日 呉鎮守府造船部製造科主幹
明治24(1891)年10月30日 呉鎮守府造船部計画科主幹
明治26(1893)年2月8日 横須賀鎮守府造船部製造科主幹
明治26(1893)年5月20日 横須賀鎮守府造船部造船科主幹
明治29(1896)年4月1日 海軍造船大技士
明治29(1896)年4月8日 造船監督官
明治29(1896)年4月13日 フランス共和国ドイツ帝国両国出張被仰付
明治30(1897)年6月1日 海軍造船少監
明治30(1897)年12月1日 海軍造船中監
明治33(1900)年6月28日 命帰朝
明治33(1900)年10月27日 海軍艦政本部部員(三部)
明治33(1900)年11月5日 海軍艦政本部部員(三部)/海軍省軍務局課員(二課)
明治33(1900)年11月12日 東京帝国大学工科大講師嘱託
明治34(1901)年6月21日 横須賀海軍造船廠造船科主幹
明治34(1901)年6月30日 解嘱託
明治34(1901)年10月4日 横須賀海軍造船廠造船科主幹/海軍機関学校教官
明治35(1902)年9月3日 呉海軍造船廠造船科長心得
明治35(1902)年10月6日 海軍造船大監 呉海軍造船廠造船科長
明治36(1903)年11月10日 呉海軍工廠造船部長
明治41(1908)年3月6日 横須賀海軍工廠造船部長
明治41(1908)年12月10日 海軍造船総監
明治43(1910)年11月21日 待命
明治44(1911)年8月4日 海軍艦政本部出仕(三部)
明治44(1911)年9月26日 海軍艦政本部出仕(三部)/造船監督官
大正2(1913)年6月5日 予備役被仰付
大正4(1915)年2月9日 工学博士
大正8(1919)年9月23日 海軍造船少将
大正10(1921)年9月10日 後備役被仰付
大正15(1926)年9月10日 退役被仰付
昭和17(1942)年11月1日 海軍技術少将
昭和32(1957)年 歿 (93?)