実吉安純

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実吉安純(さねよし・やすずみ、嘉永元年3月20日(1848年4月23日) - 昭和7(1932)年3月1日)は、日本の華族海軍軍人海軍軍医総監(のち海軍軍医中将)。鹿児島県出身。

履歴

  • 明治4年12月20日(1872.1.29)、兵部省十三等出仕兼病院分課医局当直。
  • 明治5年10月30日(1872.11.30)、軍医寮十二等出仕。
  • 明治5年11月14日(1872.12.14)、命海軍軍医副
  • 明治6(1873)年3月2日、海軍兵学寮出勤被仰付。
  • 明治7(1874)年3月10日、任海軍中軍医
  • 明治7(1874)年4月18日、補大阪丸乗組。
  • 明治7(1874)年10月5日、補軍医寮学舎長。
  • 明治9(1876)年8月31日、任海軍大軍医
  • 明治9(1876)年9月2日、本病院出勤被仰付。
  • 明治11(1878)年6月3日、任海軍少医監
  • 明治12(1879)年7月19日、連合王国留学被仰付。
  • 明治18(1885)年9月22日、帰朝。
  • 明治18(1885)年10月19日、任海軍軍医中監軍医学舎出勤被仰付。
  • 明治19(1886)年1月29日、補海軍衛生部衛生会議議員。軍医学舎勤務被仰付。
  • 明治19(1886)年4月12日、補軍医学舎教官兼衛生会議議員。
  • 明治19(1886)年4月29日、補海軍軍医学校教授兼監事。
  • 明治19(1886)年7月13日、任海軍軍医大監
  • 明治19(1886)年8月11日、補海軍軍医学校教授。
  • 明治22(1889)年4月22日、補海軍軍医学校長兼海軍中央衛生会議議員。
  • 明治22(1889)年4月25日、兼補海軍軍医学校教官。(海軍軍医学校長兼教官海軍中央衛生会議議員)
  • 明治24(1891)年8月24日、医学博士。
  • 明治25(1892)年8月6日、任海軍軍医総監。補海軍中央衛生会議議長。
  • 明治26(1893)年5月20日、補海軍衛生会議議長。
  • 明治30(1897)年4月1日、補海軍省医務局長。
  • 明治33(1900)年5月9日、特旨により華族に列せられ、男爵を賜る。
  • 明治33(1900)年5月14日、英仏独墺及露国出張被仰付。
  • 明治33(1900)年11月24日、帰朝。
  • 明治37(1904)年2月11日、戦時大本営海軍医務部長。
  • 明治38(1905)年12月13日、予備役被仰付。任貴族院議員。
  • 明治40(1907)年9月21日、日露戦争の功績により、子爵に陞叙せらる。
  • 大正2(1913)年2月16日、後備役被仰付。
  • 大正4(1915)年2月16日、退役被仰付。
  • 大正8(1919)年9月23日、任海軍軍医中将(官名改称)。