奈良武次

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奈良武次(なら・たけじ Nara Takeji 慶応4年4月6日(1868年4月28日) - 昭和37(1962)年12月21日)は、日本の華族陸軍軍人陸軍大将栃木県出身。陸軍士官学校士官生徒第11期生(砲兵)、陸軍大学校第13期生

履歴

  • 明治41(1908)年12月21日、陸軍省軍務局砲兵課長。
  • 明治43(1910)年7月12日、任陸軍砲兵大佐
  • 大正元(1912)年9月28日、陸軍省軍務局砲兵課長兼陸軍省高級副官。
  • 大正3(1914)年8月8日、任陸軍少将支那駐屯軍司令官。
  • 大正4(1915)年7月5日、青島守備軍参謀長。
  • 大正5(1916)年3月31日、陸軍省軍務局長。
  • 大正7(1918)年7月24日、任陸軍中将
  • 大正7(1918)年12月17日、参謀本部附(講和会議委員)。
  • 大正9(1920)年7月16日、東宮武官長
  • 大正11(1922)年11月24日、侍従武官長
  • 大正13(1924)年8月20日、任陸軍大将
  • 昭和8(1933)年4月6日、予備役。
  • 昭和8(1933)年4月25日、特旨をもって華族に列せられ、男爵を賜る。
  • 昭和37(1962)年12月21日、逝去(享年95/満94)。