大和級戦艦 (日本海軍, 1940)

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大和級戦艦(やまときゅう・せんかん Yamato class battleships)は、日本海軍艦艇のタイプ。昭和12年度、昭和14年度、および昭和16年度計画により5隻が計画され、うち2隻が就役した。ほかに1隻が航空母艦として完成している。軍縮条約からの脱退により艦艇建造に制限がなくなり、世界最大の46センチ砲を主砲として計画建造された。当時世界最大の軍艦であり、歴史上最大の戦艦である。しかし太平洋戦争では航空戦が主体となり期待された戦闘シーンは出来しなかった。基本計画番号はA140F5。

概説

 ワシントン条約によって、戦艦の主砲口径は16インチ(40.6cm)に制限された。当時日本ではいわゆる八八艦隊が計画されていたが、後期艦では18インチ(46cm)砲を搭載する予定となっており、その前段階として19インチ(48cm)砲の試作にまで進んでいた。ワシントン条約の結果として戦艦の建造は中断され、16インチを超える大口径砲の搭載は実現しなかった。大正末にいたって、金剛型戦艦の代艦が構想されるようになった。これは結局ロンドン条約の締結によって日の目を見なかったが、設計思想としては大和の先駆となった。ただし、根本的な要求性能が異なった(3万5千トン、16インチ砲搭載)ため、直接この設計がのちの大和の基礎となったとは言えない。昭和11年末の条約期限切れを見越して、設計が開始されたのは昭和7年頃かと思われるが、友鶴事件・第四艦隊事件によって作業は一時中断されることとなった。両事件の教訓を汲んだ設計が最終的に完了したのは、昭和11年のことであろう。大和の存在意義は、いうまでもなくその46センチ主砲にある。46センチ主砲を搭載する場合、どうしても全幅は35メートルを超える。パナマ運河の最狭部の幅は33メートルに過ぎない。したがって、無条約時代に入ってもアメリカは40センチを超える主砲を搭載することができず、アメリカ戦艦を質的に凌駕できると考えられた。こうして46センチ主砲の搭載が決定されたのは、よく知られた史実である。46センチ砲と40センチ砲を比較した場合、口径としては15パーセントの差にすぎないが、砲弾重量は50パーセント増しの1.5トンとなり、破壊力・貫徹力ともに大きく上まわる。さらには最大射程も40センチ砲を超え、敵の射程外から一方的に砲撃を浴びせることができる。また大和は自艦の砲撃に耐えうるだけの防御を施されたが、それは平賀造船中将の発想になる徹底した集中防御だった。すなわち、弾薬庫や機関部など艦の存亡に死活的重要な部分を徹底して重点防御し、それ以外の部分についてはむしろ損害を被っても影響を拡大しない方向で設計された。集中防御された区画の長さは全長の60パーセントにすぎない。しかしその部分は距離3万メートルで自艦の砲弾を被っても貫徹しないことを目指した防御を施された。日本では戦艦は通常それほど大きな航続距離は要求されないものであるが、並外れた巨体を持つ大和で充分な航続距離を持たせるために、当初大和ではディーゼルエンジンと蒸気タービンの混載が計画されていた。ディーゼルは振動や騒音では不利だが、燃費の点では非常に有利であり、航続距離を伸ばすのに貢献した。ディーゼルの採用を強く進言したのは渋谷機関大佐である。しかし結局はディーゼルの信頼性が問題となってすべて蒸気タービンエンジンを採用することになった。こうした性能を盛り込んだ結果、大和の排水量は実に6万トンあまりとなった。それまでの常識的な戦艦の倍近い大きさである。しかし大和においては一方でできるだけ船体を小さくするだけの工夫がなされた。そのひとつがバルバスバウ(球状艦首)である。水線下部の艦首部を球状に大きく突き出させることにより、艦首で形成される波に干渉させて小さくし、造波抵抗を大幅に減らし、結果として艦首を7メートル短縮できたという。大和級戦艦は4隻が計画された。うち完成したのはよく知られる通り2隻である。3隻目の信濃は航空母艦に改造されて完成し、4隻目は呉工廠で起工はされたものの戦争の勃発によって建造は中止され、建造途上の二重底はそのままにしてその上で小型艦艇が建造されていたという。大和は開戦直後に、2番艦の武蔵は8ヶ月後にそれぞれ竣工、艦隊に編入されたが実質的な活動はほとんどなく、昭和19年10月の比島海戦で武蔵が、翌年4月の沖縄作戦で大和がいずれも敵艦載機の圧倒的な攻撃により撃沈された。

主要要目

排水量: 基準 62,315t, 公試 67,123t, 満載 69,990t
長さ: 垂線間長 244m, 水線長 256m, 全長 263m
全幅: 36.9m
喫水: 10.4m
機関: 4軸 艦本式減速タービン(高低圧) 8基, ロ号艦本式缶 12基 (重油専焼, 加熱器空気予熱器付 25kg/cm2 325度C), 150,000shp
燃料: 重油 6300t
速力: 27ノット
装甲: 水線帯 410mm, 甲板 230-200mm, バーベット 546-50mm, 砲塔 650-193mm, 司令塔 500-300mm
兵装: 46cm/45口径砲 三連装3基 9門, 15.5cm/60口径砲 三連装4基 12門, 12.7cm/45口径高角砲 連装6基 12門, 25mm対空機銃 24門, 13.2mm対空機銃 4門, 航空機 7機
乗員: 2500

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
昭12 大和 Yamato 呉工廠 1937.11.04 1940.08.08 1941.12.16 戦艦 1945.04.07 戦没 (航空攻撃)
1945.08.31 除籍
東シナ海
昭12 武蔵 Musashi 三菱長崎 1938.03.29 1940.11.01 1942.08.05 戦艦 1944.10.24 戦没 (航空攻撃)
1945.08.31 除籍
シブヤン海
昭14 信濃 Shinano 横須賀工廠 1940.05.04 1944.10.08 1944.11.19 航空母艦 1944.11.29 戦没 (被雷)
1945.08.31 除籍
1942 航空母艦に改造
昭14 第111号艦 No.111 呉工廠 1940.11.07 1942 解体 1942 工事中止
昭16 第797号艦 No.797 建造中止