吉田太郎 (海軍造兵少将)

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吉田太郎(よしだ・たろう、明治9(1876)年1月4日 - 昭和22(1947)年2月16日)は、日本の海軍軍人海軍造兵少将(のち海軍技術少将)。東京都出身。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
明治9(1876)年1月4日
明治30(1897)年12月28日 海軍造兵学生被仰付
明治33(1900)年6月 東京帝国大学工科大造兵学科卒
明治33(1900)年6月29日 海軍造兵中技士 呉海軍造兵廠検査科主幹/製造科主幹
明治34(1901)年7月5日 連合王国駐在被仰付
明治35(1902)年9月27日 造兵監督官(連合王国出張)
明治35(1902)年10月6日 海軍造兵大技士
明治36(1903)年10月19日 命帰朝
明治37(1904)年2月4日 呉海軍工廠検査官/造兵部部員
明治40(1907)年2月15日 呉海軍工廠検査官/造兵部部員/海軍砲術練習所教官
明治40(1907)年9月12日 海軍造兵廠検査官/海軍艦政本部出仕(一部)
明治40(1907)年10月3日 海軍艦政本部出仕
明治41(1908)年1月6日 呉海軍工廠造兵部部員
明治41(1908)年9月25日 海軍造兵少監
明治42(1909)年9月1日 佐世保海軍工廠造兵部部員
明治42(1909)年12月8日 佐世保海軍工廠造兵部部員/検査官
明治43(1910)年11月10日 造兵監督官(連合王国出張)
明治44(1911)年12月1日 海軍造兵中監
大正2(1913)年5月24日 命帰朝
大正2(1913)年9月26日 海軍造兵廠製造部長
大正3(1914)年12月1日 舞鶴海軍工廠造兵部長心得
大正4(1915)年2月1日 待命
大正4(1915)年5月26日 海軍艦政本部出仕(一部)
大正4(1915)年10月1日 海軍技術本部部員(一部)
大正4(1915)年12月13日 舞鶴海軍工廠造兵部長心得
大正5(1916)年12月1日 海軍造兵大監 舞鶴海軍工廠造兵部長
大正6(1917)年6月9日 造兵監督官(一部)
大正7(1918)年4月1日 海軍造兵廠研究部長
大正8(1919)年6月28日 工学博士
大正8(1919)年9月23日 海軍造兵大佐
大正10(1921)年12月1日 海軍造兵少将 横須賀海軍工廠造兵部長
大正12(1923)年4月1日 横須賀海軍工廠造兵部長/機雷実験部長
大正12(1923)年12月1日 海軍艦政本部出仕
大正12(1923)年12月20日 待命被仰付
大正13(1924)年1月22日 予備役被仰付
昭和11(1936)年1月4日 後備役被仰付
昭和16(1941)年1月4日 退役被仰付
昭和17(1942)年11月1日 海軍技術少将
昭和22(1947)年2月16日 死去 (71)