北白川宮能久親王

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北白川宮能久親王(きたしらかわのみや・よしひさしんのう Prince Yoshihisa, Prince of Kitashirakawa 弘化4年2月16日(1847年4月1日) - 明治28(1895)年10月26日)は、日本の皇族陸軍軍人陸軍大将伏見宮邦家親王九男。母は家女房堀内信子仁孝天皇の養子。

履歴

  • 安政5年10月25日、親王宣下。名能久。
  • 安政5年11月23日、得度。公現入道親王。
  • 明治元年11月19日、蟄居。親王を除かる。
  • 明治2年9月4日、宥免。
  • 明治3年11月4日、名を能久と復す。
  • 明治5年3月24日、北白川宮相続。
  • 明治7(1874)年9月27日、任陸軍少佐
  • 明治11(1878)年8月26日、親王復帰。
  • 明治13(1880)年4月10日、参謀本部出仕。
  • 明治14(1881)年6月15日、参謀本部出仕・議定官。
  • 明治14(1881)年11月3日、任陸軍歩兵大佐
  • 明治16(1883)年4月28日、陸軍戸山学校次長。
  • 明治17(1884)年11月3日、任陸軍少将
  • 明治17(1884)年11月19日、東京鎮台司令官代理。
  • 明治18(1885)年5月21日、歩兵第一旅団長。
  • 明治19(1886)年12月29日、叙大勲位菊花大綬章
  • 明治25(1892)年12月8日、任陸軍中将第六師団長。
  • 明治26(1893)年11月10日、第四師団長。
  • 明治28(1895)年1月28日、近衛師団長。
  • 明治28(1895)年5月29日、台湾上陸。
  • 明治28(1895)年10月28日、薨去(享年49/満48)。
  • 明治28(1895)年11月1日、叙大勲位菊花章頚飾、功三級金鵄勲章。
  • 明治28(1895)年11月4日、任陸軍大将
  • 明治28(1895)年11月5日、公式に薨去とされる。国葬を賜る。

在任

親族

尊属

卑属

  • 山内光子 安政 6年 5月 6日~明治18(1885)年11月 5日。明治11(1878)年12月25日結婚。
  • 島津富子 文久 2年閏 8月 8日~昭和11(1936)年 3月20日。明治19(1886)年 7月10日結婚。
    • 成久王(なるひさ) 明治20(1887)年 4月18日~大正12(1923)年 4月 1日
  • 女房申橋幸子
    • 恒久王(つねひさ) 明治15(1882)年 9月22日~大正 8(1919)年 4月23日
    • 満子女王(みつこ) 明治18(1885)年10月19日~昭和50(1975)年 7月16日。明治37(1904)年11月14日、甘露寺受長に降嫁。
    • 武子女王(たけこ) 明治23(1890)年 3月28日~昭和52(1977)年 3月18日。明治44(1911)年 4月17日、保科正昭に降嫁。
    • 信子女王(ことこ) 明治24(1891)年12月20日~明治25(1892)年 1月22日
  • 女房岩浪稲子
    • 延久王(のぶひさ) 明治18(1885)年 8月28日~明治19(1886)年 6月28日
    • 貞子女王(さだこ) 明治20(1887)年 8月 6日~昭和39(1964)年 8月16日。明治36(1903)年 2月 6日、有馬頼寧に降嫁。
    • 輝久王(てるひさ) 明治21(1888)年 8月12日~昭和45(1970)年11月 5日
  • 女房申橋カネ
    • 芳之(よしゆき) 明治22(1889)年 3月22日~明治42(1909)年 8月18日
  • 女房前波栄
    • 正雄(まさお) 明治23(1890)年 7月16日~昭和40(1965)年 2月16日
  • 女房浮山幾牟
    • 拡子女王(ひろこ) 明治28(1895)年 5月26日~平成 2(1990)年 3月 7日。大正 4(1915)年 7月20日、二荒芳徳に降嫁。


日本の皇室
前任
智成親王
北白川宮
1872.03.24 - 1895.10.26
後任
成久王
日本陸軍
前任
野崎貞澄
第六師団
1892.12.08 - 1893.11.10
後任
黒木為楨
前任
黒川通軌
第四師団
1893.11.10 - 1895.01.28
後任
山沢静吾
前任
彰仁親王
近衛師団
1895.01.28 - 1895.10.26
後任
野津道貫