利根級重巡洋艦 (日本海軍, 1937)

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利根級重巡洋艦(とねきゅうじゅうじゅんようかん Tone class heavy cruisers

概説

 ロンドン軍縮会議の結果、日本海軍は米英の6割の勢力を強いられた。特に日本海軍が漸減作戦の主役として重視してきた大型巡洋艦において、米国の18隻に対して12隻という戦力ではいかんともし難かった。どうにかして米国と同等の18隻を準備しておかなくては、万一の日米開戦にあたってはどうしても成算が立たなかった。とはいえ、条約の条項に違反して密かに大型巡洋艦を建造するようなことはできなかった。しかし、窮すれば通ずとはよくいったもので、名案を思い付くものがあった。条約の条項上、軽巡洋艦と大型巡洋艦とはどこで区別するかと言えば、それはすなわち備砲の口径である。つまり、いくら大型であっても最大備砲が15.5センチ以下であればそれは軽巡洋艦となり、どれほどの小型艦であっても15.5センチを超える砲を装備していれば大型巡洋艦とみなされる。幸い、日本の手持ちの軽巡洋艦建造枠にはいささか余裕がある。そこで八千トンクラスの大型巡洋艦を建造しておき、主砲としては15.5センチ砲を装備する。さすればこれは軽巡洋艦とみなされ、条約上何の問題もない。ただし、いざというときには主砲を簡単に20.3センチ砲に交換できるようにしておけば、実質的に大型巡洋艦を準備しておいたのと変わらない。かくして重巡洋艦に匹敵する軽巡洋艦が生まれた。6隻のうち初めの4隻が最上級、残る2隻が利根級である。このような経緯で計画されたため、最上級および利根級は実質的には重巡洋艦でありながら二等巡洋艦に類別された。それは条約の制限がなくなって主砲を20.3センチ砲としてからも同じである。最上級では15.5センチ三連装主砲塔(のち20.3センチ連装主砲塔に換装を予定)を、前部に3基、後部に2基配備したオーソドックスなものであったが、利根級では主砲塔を前部に4基集中配備し、後部には置かないという特殊な配置となった。これは日本海軍では当時巡洋艦搭載の飛行機をできるだけ索敵に利用しようという発想から巡洋艦の搭載機を強化するという方向に進んでおり、そのためには砲塔1基の砲力減少をも辞さないという考えから、このような配置となった。こうして後甲板は全て航空装備にあてられ、搭載機数は実に6機(ほかの巡洋艦の倍)となった。最上級の建造途中で第四艦隊事件が発生し、船体の強度不足が問題となって、設計が大幅に遅延した結果、利根級2隻の完成は昭和13年以降にずれこむこととなった。すでに昭和11年末をもって条約の効力がなくなることは確実で、15.5センチ砲を搭載しておく意味がなくなった。そこで、建造当初から20.3センチを搭載することとなり、その状態で工事が進められ、昭和13年から14年にかけて利根級2隻が竣工、第八戦隊が新編されて第二艦隊に編入された。なお、両艦は舞鶴鎮守府籍に編入されたが、舞鎮には戦艦の配備がなく利根級が最大の艦であったため「舞鎮戦艦」と呼ばれた。開戦後、利根級からなる8Sは一貫して空母機動部隊と行動をともにした。それは無論利根級のもつ大きな索敵能力が求められたからに他ならない。開戦当初のハワイ作戦、直後のウェーク攻略作戦、ラバウル攻略作戦、ジャワ作戦、インド洋作戦、ミッドウェー作戦、アリューシャン作戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、すべてそうである。昭和18年に入ると機動部隊から離れて、というより機動部隊が活動する場面が少なくなったので、単独に南東方面への輸送作戦に従事するようになる。昭和19年になると、8Sは解隊されて7Sに編入される。7Sはもと最上級4隻からなるが、ミッドウェー作戦で三隈が戦没、最上が大破して戦列を離れたため2隻編成となってしまい、やはり2隻編成だった8Sと合同したというのが実態である。7Sの再編直後、利根と筑摩はインド洋方面に通商破壊作戦を行なったが、さしたる戦果もなく終った。利根および筑摩は以後7Sの一部としてマリアナ沖海戦および比島海戦に参加することになる。比島海戦では、第一遊撃部隊主隊としてレイテ湾に突入すべき任務をもっていたが、突入当日の総長、サマール島沖で米護衛空母部隊と遭遇、追撃戦となったがこの乱戦の過程において筑摩は0925以降消息を絶ち、そのまま行方不明となった。利根が主隊とともに避退に成功、のち内地に帰還して兵学校練習艦に指定され、江田内湾に繋留されていたが、戦争末期に米機の空襲を受けて大破着底し、戦後解体された。

主要要目

排水量: 基準 11,215t, 公試 13,110t, 満載 15,200t
長さ: 垂線間長 189.10m, 水線長 198.00m, 全長 201.50m
全幅: 18.50m
喫水: 6.47m
機関: 4軸 艦本式減速タービン(高中低圧) 4基, ロ号艦本式缶 8基 (重油専焼), 152,000shp
速力: 35ノット
装甲: 水線帯 100mm (機関部), 125mm (弾薬庫), 甲板 30-60mm, 砲塔 25mm
兵装: 20.3cm/50口径砲 連装4基 8門, 12.7cm/40口径両用砲 連装4基 8門, 25mm対空機銃 12門, 61cm魚雷発射管 三連装4基 12門, 航空機 6機
乗員: 850

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
昭9 利根 Tone 三菱長崎 1934.12.01 1937.11.21 1938.11.20 二等巡洋艦 1945.07.24 大破着底 (航空攻撃)
1945.11.20 除籍
江田内
昭9 筑摩 Chikuma 三菱長崎 1935.10.01 1938.03.19 1939.05.20 二等巡洋艦 1944.10.25 戦没 (航空攻撃)
1945.04.20 除籍
サマール沖