児玉源太郎

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児玉源太郎(こだま・げんたろう Kodama Gentaro 嘉永5年2月25日(1852年3月15日) - 明治39(1906)年7月23日)は、日本の華族、政治家、陸軍軍人陸軍大将山口県出身。

履歴

在任


日本の華族
新敍
児玉男爵
1895.08.20 - 1906.04.11
昇敍
昇敍
児玉子爵
1906.04.11 - 1906.07.23
後任
児玉秀雄
日本の政治
前任
乃木希典
台湾総督
1898.02.26 - 1906.04.11
後任
佐久間左馬太
前任
桂太郎
陸軍大臣
1900.12.13 - 1902.03.27
後任
寺内正毅
前任
内海忠勝
内務大臣
1903.07.15 - 1903.10.12
後任
桂太郎
前任
菊池大麓
文部大臣
1903.07.17 - 1903.09.22
後任
久保田譲
日本陸軍
前任
黒木為楨
参謀本部管東局長
1885.05.26 - 1885.07.24
改編
改編
参謀本部第一局長
1885.07.24 - 1887.06.03
後任
西寛二郎
新設
監軍部参謀長
1887.06.03 - 1892.08.23
後任
大島久直
新設
陸軍大学校
1887.10.25 - 1889.11.02
後任
高橋惟則
前任
岡沢精
陸軍次官
1892.08.23 - 1898.01.14
後任
中村雄次郎
前任
岡沢精
陸軍省軍務局長
1892.08.23 - 1898.01.14
後任
中村雄次郎
前任
長谷川好道
第三師団
1898.01.14 - 1898.02.26
後任
大島義昌
前任
田村怡与造
参謀本部次長
1903.10.12 - 1904.06.20
後任
長岡外史
新編
満洲軍総参謀長
1904.06.20 - 1905.12.19
解隊
前任
西寛二郎
遼東守備軍司令官
(事務取扱)

1905.05.09 - 1905.05.15
解隊
前任
長岡外史
参謀本部次長
(事務取扱)

1905.12.19 - 1906.04.11
後任
福島安正
前任
大山巌
参謀総長
1906.04.11 - 1906.07.23
後任
奥保鞏