伏見級砲艦 (日本海軍, 1939)

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伏見級砲艦(ふしみきゅう・ほうかん Fushimi class gunboats)基本計画番号はE17.

概説

 19世紀半ば頃から欧米海軍は、中国海域に艦隊を常駐させていた。それはもちろん、各国が中国に持っている利権を保護するためである。当初、中国の開港場は沿岸地域に限られていたが、やがて長江沿いの内陸部にも設けられるようになった。長江は世界有数の大河であるが、それでも外洋船舶は中流域の漢口まで遡るのが精一杯である。とはいえ、特に今世紀に入って清朝が革命により崩壊し、各地に軍閥が割拠する情勢になると各地の利権および居留者を保護するための実力が必要になってくる。そのために派遣されるのが、砲艦であった。この種の砲艦は洋上だけでなく大河をかなり上流まで遡らなければならないので、極端な浅吃水となっている。もともとはイギリスがナイル河などで使用したものを中国に応用したもののである。浅吃水、小型の船型であるため、武装は限られている。ただし、海外で長期間行動することが想定されているため、居住性については配慮がなされている。既述の通り、武装は必要最小限のものしか持っていない。主砲なども、威嚇以上の役に立つとは思えない。それでもこの種の砲艦が多数建造されたのは、利権および居留民保護上、そこに「存在する」ことに意義があるためである。つまり、軍艦の国際法上の特権を利用して勢力を誇示するとともに抑止力となることが目的であった。日本は明治末以来、この種の河用砲艦を建造してきたが、昭和10年頃になるといずれも老朽化して能力不足となり、ことに長江増水期の急流を遡るには出力不足であることから、新型の河用砲艦を建造することとなった。これが伏見級である。伏見級は2隻が計画され、基本船型はそれまでのものを踏襲した。しかし、竣工したときにはすでに支那事変勃発から2年経っており、抑止力としての砲艦ではなく、遡行作戦などで実戦参加を余儀なくされた。終戦時、いずれも中国水域にあって中国海軍に接収された。

主要要目

排水量: 基準 304t, 公試 344t, 満載 368t
長さ: 垂線間長 48.50m, 水線長 50.00m
全幅: 9.80m
喫水: 1.26m
機関: 2軸 艦本式減速タービン 2基, 2 ホ号艦本式水管缶(重油専焼), 2200shp
速力: 17ノット
航続力: 1500海里/14ノット
兵装: 8cm/28口径砲 1門, 25mm対空機銃 2門
乗員: 64

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
昭12 伏見 Fushimi 藤永田造船所 1938.07.15 1939.03.26 1939.07.15 砲艦 1944.10.01 砲艦 (艦艇)
1947.05.03 除籍
中国へ引き渡し
昭12 隅田 Sumida 藤永田造船所 1939.04.13 1939.10.30 1940.05.31 砲艦 1944.10.01 砲艦 (艦艇)
1947.05.03 除籍
中国へ引き渡し