久邇宮朝融王

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久邇宮朝融王(くにのみや・あさあきらおう、明治34(1901)年2月2日 - 昭和34(1959)年12月7日)は、日本の皇族海軍軍人海軍中将海軍兵学校第49期生海軍大学校第30期生久邇宮邦彦王長男。母は妃島津俔子。昭和22(1947)年10月14日皇籍離脱、久邇朝融と名乗る。

履歴

在任

親族

尊属

卑属

  • 伏見宮知子女王 明治40(1907)年 5月18日~昭和22(1947)年 6月28日。大正14(1925)年 1月26日結婚。
    • 正子女王(まさこ) 大正15(1926)年12月 8日~。昭和20(1945)年 4月22日、龍田徳彦に降嫁。
    • 朝子女王(あさこ) 昭和 2(1927)年10月23日~昭和39(1964)年 8月21日
    • 邦昭王(くにあき) 昭和 4(1929)年 3月25日~
    • 通子女王(みちこ) 昭和 8(1933)年 9月 4日~
    • 英子女王(ひでこ) 昭和12(1937)年 7月21日~
    • 朝建王(あさたけ) 昭和15(1940)年 5月11日~
    • 典子女王(のりこ) 昭和16(1941)年 9月18日~
    • 朝宏王(あさひろ) 昭和19(1944)年10月 7日~

皇族附武官

代数 階級 氏名 期別 前職 後職 備考
1924.12.01 1926.12.01 海軍少佐 中山道源 海兵37 横須賀鎮守府参謀 横須賀鎮守府