丙3型潜水艦 (日本海軍, 1942)

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概説

 太平洋戦争開戦直前の日本の潜水艦整備計画は、甲乙丙の三型を中心に行われてきたが、結果として量的な主力は乙型となった。乙型は大型のわりには水中でのとりまわしも容易で、用兵者からは好評だったようだ。開戦が不可避となった昭和16年に策定された追加計画で計画された潜水艦のうち3隻は、この乙型から航空兵装を取り除いた形で建造された。竣工当時から航空兵装がなかったので丙型と呼ばれるが、実際には船体も兵装も機関も乙型と同様で、ただ航空機格納筒や射出機、揚収クレーンなどを撤去して代わりに14センチ砲を搭載していた。であるから、魚雷発射管もこれまでの丙型と違って6門である。丙III型は原形となった乙III型と同じく、高速ディーゼルの製造困難のためにより低速でしかし量産が容易なディーゼルを採用している。このため、水上速力はかなり低下している。そのかわり、燃料の搭載量を増して航続距離は飛躍的に伸びた。戦闘の実態からすれば、この速力低下はそれほど問題にはならなかっただろう。この3隻は昭和18年末から19年初頭にかけて続けて竣工、わずか1年半ほどの戦闘の間に3隻中2隻が失われている。伊52潜は竣工早々にドイツに派遣されたが、到着を前にして連合軍のノルマンディー上陸作戦に遭遇してしまい、入港の時期をはかっている間にビスケー湾で撃沈されてしまった。伊55潜も、玉砕直前のテニアン島へ1AF司令部救出のために派遣されてそのまま消息を絶った。残る伊53潜は回天の母艦として数度の任務を行ない、戦争を生き延びて戦後処分された。

主要要目

排水量: 基準 2095t, 水上 2564t, 水中 3644t
長さ: 垂線間長 102.4m, 水線長 106.9m, 全長 108.7m
全幅: 9.3m
喫水: 5.12m
機関: 2軸 艦本式22号10型ディーゼル 2基/電動機, 水上 4700bhp,水中 1200shp
速力: 水上 17.7ノット,水中 6.5ノット
航続力: 21000浬/16ノット
兵装: 53cm魚雷発射管 6門, 14cm/40口径砲 2門, 25mm対空機銃 2門
乗員: 101

一覧

計画 艦名 建造所 起工 進水 就役 艦歴 記事
昭16 伊号第五十二潜水艦 I-52 呉工廠 1942.03.18 1942.11.10 1943.12.28 一等潜水艦 1944.06.24 戦没 (航空攻撃)
1944.08.02 亡失認定
1944.12.10 除籍
大西洋ビスケー湾
昭16 伊号第五十三潜水艦 I-53 呉工廠 ? 1943 1944.02.20 一等潜水艦 1945.11.30 除籍
1946.04.01 処分
昭16 伊号第五十五潜水艦 I-55 呉工廠 ? 1943 1944.04.20 一等潜水艦 1944.07.28 亡失認定
1944.10.15 除籍
テニアン方面
昭17 伊号第五十七潜水艦 I-57 呉工廠 1943 建造とりやめ
昭17 伊号第五十九潜水艦 I-59 呉工廠 1943 建造とりやめ