三村錦三郎

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三村錦三郎(みむら・きんさぶろう Mimura KInsaburo 慶応4年6月16日(1868年8月4日) - 昭和7(1932)年4月5日)は、日本の海軍軍人海軍少将岡山県出身。海軍兵学校第18期生(61名中15位)。

履歴

日付 階級 その他身分 補職/任官等
慶応4年6月16日(1868年8月4日)
明治24(1891)年7月17日 海軍少尉候補生 比叡乗組
明治25(1892)年5月20日 浪速乗組
明治27(1894)年4月18日 海軍少尉 海軍砲術練習所学生
明治27(1894)年6月27日 橋立分隊士
明治28(1895)年3月9日 筑波分隊士
明治28(1895)年11月15日 天龍分隊士
明治28(1895)年12月27日 海軍砲術練習所乙種学生
明治29(1896)年3月31日 佐世保水雷隊攻撃部附
明治29(1896)年4月1日 佐世保水雷団水雷艇隊附
明治29(1896)年11月2日 竹敷要港部水雷艇隊附
明治30(1897)年8月25日 千代田分隊長心得
明治30(1897)年11月27日 摩耶分隊長心得
明治30(1897)年12月1日 海軍中尉
明治30(1897)年12月27日 海軍大尉 摩耶分隊長
明治31(1898)年10月1日 金剛砲術長/分隊長
明治32(1899)年6月17日 浪速砲術長/分隊長
明治32(1899)年11月1日 高砂砲術長/分隊長
明治32(1899)年12月4日 海軍兵学校砲術教官/監事
明治33(1900)年12月22日 海軍兵学校砲術教官/監事/筑波分隊長
明治34(1901)年11月28日 比叡砲術長
明治35(1902)年9月10日 舞鶴水雷団第二水雷艇隊艇長
明治35(1902)年9月19日 舞鶴水雷団第一水雷艇隊艇長
明治36(1903)年7月7日 艦長
明治37(1904)年7月13日 海軍少佐
明治37(1904)年9月11日 日進水雷長
明治38(1905)年2月13日 横須賀水雷団副官/横須賀敷設隊分隊長
明治38(1905)年12月20日 八雲砲術長
明治39(1906)年3月20日 八雲砲術長/分隊長
明治39(1906)年8月30日 待命被仰付
明治40(1907)年1月22日 満州航海長/分隊長
明治40(1907)年3月4日 満州航海長
明治40(1907)年3月13日 満州副長
明治40(1907)年4月30日 海軍砲術学校副官
明治41(1908)年2月20日 大和副長
明治41(1908)年2月22日 明石副長
明治41(1908)年9月25日 海軍中佐 橋立副長
明治41(1908)年11月20日 第一艦隊副官
明治43(1910)年3月19日 佐世保鎮守府副官
明治44(1911)年5月22日 津軽副長
明治45(1912)年3月1日 三笠副長
明治45(1912)年5月22日 待命被仰付
大正元(1912)年10月11日 舞鶴海兵団副長
大正2(1913)年12月1日 最上艦長
大正3(1914)年12月1日 海軍大佐 吾妻艦長
大正4(1915)年1月25日 出雲艦長
大正4(1915)年12月13日 周防艦長
大正5(1916)年12月1日 鹿島艦長
大正6(1917)年12月1日 霧島艦長
大正7(1918)年11月10日 日向艦長
大正8(1919)年11月20日 佐世保鎮守府
大正8(1919)年12月1日 海軍少将 第二水雷戦隊司令官
大正9(1920)年12月1日 横須賀鎮守府
大正9(1920)年12月10日 待命被仰付
大正10(1921)年8月1日 予備役被仰付
大正13(1924)年6月16日 後備役被仰付
昭和7(1932)年4月5日 死去 (63)