Difference between revisions of "Tokugawa Naritaka (Nagoya)"

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徳川斉荘(とくがわ・なりたか、文化7年6月13日(1810年7月14日) - 弘化2年7月6日(1845年8月8日))は、日本の武将。尾張名古屋藩主。はじめ御三卿田安家当主。江戸幕府第11代征夷大将軍徳川家斉十四男。はじめ田安家徳川斉匡継嗣、のち尾張名古屋藩徳川斉温継嗣。幼名は要之丞(かなめのじょう)。

履歴

  • 文化7年6月13日、生まれる
  • 文化9年5月28日、御台所養子
  • 文化10年12月25日、田安家徳川斉匡養子
  • 文政3年6月5日、元服。一字を賜い斉荘と名乗る。従三位左近衛権中将右衛門督
  • 文政12年7月5日、参議
  • 天保7年8月21日、家督相続
  • 天保8年2月28日、権中納言
  • 天保10年3月27日、尾張名古屋藩徳川斉温養子、襲封
  • 天保10年5月3日、市ヶ谷館に入る
  • 天保10年12月16日、従二位権大納言
  • 弘化2年7月22日、薨去。36歳。大覚院性誉惟徳源懿

在任

親族

尊属

配偶

卑属