第1号 掃海艇




排水量基準 615t, 公試 691t
長さ垂線間長 71.63m, 水線長 74.30m, 全長 76.26m
全幅8.08m
喫水2.29m
機関2軸レシプロ, 3缶, 4000ihp
速力20ノット
兵装12cm/45口径砲 単装2基 2門, 8cm/40口径対空砲 1門
乗員92



艦名 計画 建造 起工 進水 竣工
第1号掃海艇W-1大 9(八八)播磨造船?1923. 3. 61923. 6.30掃海艇
(第1掃海艇)
1924. 4.24 改名(第1号掃海艇)
1945. 8.10 戦没
(航空攻撃/山田湾)
1945. 9.15 除籍
第2号掃海艇W-2大 9(八八)三井 玉?1923. 3.171923. 6.30掃海艇
(第2掃海艇)
1924. 4.24 改名(第2号掃海艇)
1942. 3. 1 戦没
(被雷/ジャワ島バンタム湾)
1945.11.30 除籍
第3号掃海艇W-3大 9(八八)大阪鉄工所?1923. 3.291923. 6.30掃海艇
(第3掃海艇)
1924. 4.24 改名(第3号掃海艇)
1945. 4. 9 戦没
(被雷/大船渡湾口)
[39.07N, 141.57E]
1945. 5.10 除籍
第4号掃海艇W-4大12佐世保工廠1923.12. 11924. 4.241925. 4.29掃海艇1946. 7.11 処分
(シンガポール南方)
1946. 8.10 除籍




日本海軍が建造当初から機雷の除去を目的として建造した最初の艦艇である。これ以前は、掃海作業は水雷艇とか、艦載艇を適宜利用して行なったり、旧式の三等駆逐艦を類別変更して使用したりしていた。しかし、大正中期に八八艦隊計画が成立すると、艦隊の前路掃海のために専用の掃海艇を建造すべきだとの気運が高まり、計画の一部として艦隊掃海艇の建造が決定された。
第1号級掃海艇では係維機雷の掃海のためにパラベーン(掃海具)を搭載し、主任務は既述の通り艦隊の前路掃海であるが、上陸地の敵前強行掃海をも考慮して比較的強力な砲熕兵装を保有していたのは、他国の掃海艇が機雷除去のみを想定して建造されていたのに対して日本の掃海艇の大きな特徴である。また、機雷敷設能力も付与されており、さらに主力護衛のために爆雷投射機をも装備するなど、かなり多くの用途を盛り込んだ艦艇だった。なお、八八艦隊計画による主力艦では重油を大幅に使用するようになっていた。そのため、直接戦闘に従事する艦艇以外はできるだけ石炭を使用するように考えられていた。したがって、この第1号級掃海艇では石炭専焼のレシプロ機関を採用してた。
大戦当時すでに第1号級は老朽化していたが、その多用途性を買われて船団護衛などに使用された。4隻中3隻が大戦中に戦没している。第2号掃海艇はジャワ上陸作戦中に被雷して戦没したが、マストの頂部が海面上に露出していたため書類上第四予備艦として在籍し続け、戦後除籍された。第4号掃海艇は戦後シンガポール沖で英軍のために処分された。残る2隻はいずれも戦争末期に戦没している。



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